B.B.の世界

神田川のない街で

 横手は口数少なく、馬場さんの支持どおりに入浴し、きちんと風呂を洗っている。それを待ちながら、理音は携帯で電話をかけた。
 『もしもし……』
 「あ、先生、いま横手くん、入浴完了であります」
 『なんだっておなじ校内にいて携帯をかけてくる。いや、待ちなさい。なぜわたしの携帯番号を知ってるんだ』 
 「職員名簿に載っていました。それにしても先生、先生って、焦ってるときは一人称が『おれ』で、普段は『わたし』なんだね」
 『そんなことはどうでもよろしい』
 「学校でお仕事をしてるみたいで楽しいんだもん。それじゃあ、いまから横手くんと一緒にそっちに行くからね」
 貴海は、机の上にいろいろ書類を開いて二人を待っていた。横手は相変わらずぬーぼーとしていて、感情の起伏がないのがかえって気味が悪い。はじめて入る化学準備室にきょろきょろしていたが、目ざとく窓辺の青い魚のモビールを見つけて、うれしそうな声をあげた。
 「あ、それ、いいッスね。おれも一個ほしいッス。どこで売ってるんスか?」
 「いいから座りなさい。すまないが田端、きみは表ですこし待っていてくれ」
 わたしは付き添いか? まあ、授業をさぼれるならいいか、と思いつつ、理音はいつかしていたように、廊下の中庭に面した窓辺に佇み、まだらに青空が覗いている曇天をみつめていた。ちょうどここからは、すべての教室の授業風景がよくみえる。B組のみんなが、一生懸命ノートを取っている姿がある。さて、だれにノートを借りよう。
 しばらくして、準備室が開き、横手がのっそりあらわれた。
 「それじゃ、おれ、これで今日は早退させていただきます」
 「え、帰っちゃうの? 一人で大丈夫?」
 「はい、佐野先生に付き添ってもらいます。先輩には、いろいろお世話になりました。後日あらためて、お礼をさせていただきますッス」
 「そんな……いいよ。それより、気をつけて帰ってね」
 「ハイ。それじゃあ、もうすぐうちの運転手が来ますんで、これで」
 運転手? 朴訥な雰囲気に似合わず豪勢な環境で暮らしているらしい。
理音は、戸口から貴海に声をかけた。
 「先生、わたし、横手くんに付いていったほうがいい?」
 「大丈夫だろう。さきほど家族の方にも連絡した。車も水気のない道を回ってもらうつもりだ。それより、こちらへ。横手、気をつけて帰りなさい。うん、扉をしめてくれ」
 理音は、さきほどまで横手が座っていた椅子に座った。殺風景な部屋だが、しかし不思議と落ち着く場所である。ここにくると理音は、自然と本来の自分になってしまう。
 座るなり、貴海は大きくため息をつき、肩を落とした。
 「とりあえず、礼を言おう。昼寝をしていたと本人は言っていたが、あのままだったら危なかったかもしれない」
 と、貴海は机に散乱した書類のなかから、ひと綴りの『極秘』と書かれたファイルを取り出し、きらりと理音を見た。くどいようだが、こうして真剣な顔をしていると、人形のように端正で冷たい顔が際立って、極楽通りの入り口でばったり出くわしてうろたえていたことがウソのようだ。
 「きみを信頼して話すんだが、口外しないと約束するか? よし。いいか、横手吾郎は中学のときまで山形にいて、父親の仕事の都合で、祖母の家のあるこちらに引っ越してきた。成績はきわめて良好、水泳部で活躍していた優等生だ。だが、山形の中学でたびたび問題行動を起こしていた。それが、自殺未遂だ」
 「ジサツ!」
 貴海は大きく首肯いた。
 「わたしもいま初めて知って驚いたところだ。職員会議ではそのような話は一切出てこなかったし……」
 「原因は? ほら、自殺する原因ってあるじゃない?」
 「原因は不明だ。山形の中学で何度かセラピーを受けて、回復したとみなされていたようだ。自殺の方法は、いずれも水が関係している。あるときなど、自宅の湯槽に顔をつっこんでいたところを発見されたことがあるそうだ」
 その様子を想像し、理音はぞっとした。プールにぷかりと浮いたまま、怒られてもその言葉自体が頭に入っていないようだった横手の様子を思い出し、またまたぞっとした。
 「どうするの? かなりまずいんじゃない?」
 「しかしこの記録を読むと、不思議なことに、本人は自分が自殺未遂をしたと思っていないんだ。今度のことだってそうだろう、われわれにはどう見ても、自殺かあるいは事故に遭ったように見えた。しかし本人は昼寝をしていたと言う。嘘は言ってないようだ。このズレはなんなのか……」
 「ご家族に相談しなきゃだめだよ。って、それは、かばっちの仕事か」
 「樺原先生をきみたちは、かばっちと呼んでいるのか?」
 「ぴったりでしょ。顔もカバっぽいじゃない?」
怒るかなと理音は思ったが、意外なことに、貴海は声をたてて笑いだした。
 「なるほど、生徒はよく見ているな」
 「余裕だね、先生。さては自分が人気があるからだな」
 すると、ぴたりと貴海は笑うのをやめて、まじまじと理音を見た。
 「なにを言ってる。だれが人気があるって?」
 「先生だよ。ウソでしょ、知らないの?」
 貴海の目が点になった……ように理音には見えた。しかし焦点はあくまで理音に注がれている。あんまりじっと見つめるので、理音のほうがこそばゆくなってきた。
 「そんなに人の顔をじろじろ見ることないでしょ。ウソなんて言ってないからね。一年C組の子が言ってたけど、女子はみんな、自分の担任のかばっちより、貴海先生を応援しまーすだってさ」
 「応援?」
 「先生さ、かばっちや茂手木と仲悪いでしょ? 職員室の派閥争い、生徒に筒抜けだからね。ま、どんな組織にもいざこざってあるけど、ここは学校なんだしさ、あんまり生徒にそういう姿見せてほしくないなあ。将来に夢が持てなくなるじゃない?」
 貴海は無言のまま、理音から目をそらし、宙を睨み付けるようにして、何事か考え込んでいる。ヤバイ、また怒らせたか。放っておかれている理音は、また話題を考えなければならなくなった。かばっちや茂手木のことはもういいや、テニス部……はわたしが都合がわるい。横手くんのこと、は同じことか。
 「あ、そうだ」
 「なんだ」
顔は動かさないまま目だけを向けて貴海が返事をした。貴海はこの学校のOBだったとだれかが言っていたが、なんとなくいまのA組の生徒のように、勉強ばっかりしていて集団生活をしてこなかったんじゃないかしらんと理音は思った。
 「さっき警備員用のお風呂で、気づいたことがあったんだよね。わたし、もしかしたら盗難犯人、見つけたかもよ」
 「なんだと?」
 「あのね、うちの学校の警備員って、いま3人でしょう? なのに、脱衣所の篭が、4つあったんだよね。もしかしたら、事務局のだれかが使ってるのかなと思って、馬場さんに聞いたら、そんなことをする事務員はひとりもいないって。だったら先生たちかなと思ったんだけど、考えてみれば、先生用の宿直室にお風呂ってあるんだよね。じゃあ、使っているのはだれなのか?」
 「だれだ?」
 「盗難事件のあった日は、学校のごみ収集の日だったでしょ。わたしがさぼっているところを先生に見つかったとき、ちょうどダストシュートから、ゴミを集めている音が聞こえていたんだよね。ごみの収集って、学校のゴミともなると時間もかかるし、体がすごく汚れるよね。それで思いついて、警備員さんに質問してみたの。「ごみ収集会社の人と仲がいいんですか」って。そしたら、いま契約しているごみ収集人のなかに、うちのOBがアルバイトで入っているって教えてくれたよ。その人、前から警備員さんと仲良しで、OBでもあるから、収集が終わった後、お風呂を貸してあげることもあるんだって。その人の体形は、男の子にしては小柄で空手をやってたせいか、すこし足が太くて短い、彼女ができないのが悩みらしいよ。そのバイトは、ゴミの収集が終わったら、そのまま上がらせてくれるんで、その人はかなり長風呂をして自宅に帰るんだって」
 「ばかな。うちの学校はすべての廊下がモニタリングされていて、たとえゴミ収集人がOBだろうと、規定時間外に校内を徘徊していたら、かならずチェックされる仕組みになっているんだぞ」
 「でも制服を着ていたらどう? うちの警備員さん、モニタリングはしていても、さぼっている生徒まではいちいち報告してないんでしょ。わたしのこと、先生がみつけるまで、だれも注意しなかったみたいにね。その人は、OBだから警備員さんのチェックの盲点も知っていた。当然、校内の様子も把握している。ね、どう? ビンゴっぽくない?」
 「きみが見たという女子生徒の後ろ姿……いや、しかしなぜだ? なぜ女子高生の格好をして?」
 「それは本人に聞いたら? たぶんモニタリングの盲点も、その人は知ってたんだね。警備員は、自分たちのエリアまでモニタリングしない。たとえば、脱衣所とか、警備員室の出入口とかね」

 その数日後、新聞の地方面のはしっこに、「連続学校荒らし、逮捕」というちいさな記事が載った。あつかいが小さかったのは、学校の名誉を重んじ、騒ぎになるのをおそれた理事たちが、そろって新聞に圧力をかけたからだという。その泥棒が女装をしていたということは、さりげなく記載されていたが、あまり噂にはならず、そのまま忘れられた。
 
 そろそろ扇風機を納戸から出してやる時季だ。みんなが黒いインバネスつきのワンピースから、ブラウスとスカート、ベレー帽の夏服に切り替えた。まだ肌寒い日は、薄手のカーディガンやベストで調節する。元気の有り余っている一年坊主が駆り出され、2時間かけてプール掃除が行なわれた。来週には水が入る。
 「田端」
理音は声をかけてきたのがだれだかわかっていたが、細心の注意を払って振り返る。目を星が輝くようにきらきらさせて、気合いをいれて巻いた髪をバネのようにくるりと跳ねさせる。
 「はあい」
 「……普通にしてくれないか」
と、眉根をしかめて貴海が言った。理音は、周囲にだれもいないことを確かめてから、高い声を数段下げて、肩の力を抜いた。
 「なあんだ。なんか用?」
 「礼を言うのが遅くなった。きみの指摘のとおり、ごみ収集会社のアルバイトが、学校荒らしの犯人だった。うちだけではなく、ほかの学校も荒らしていた常習者だったらしい。こんなヤツがOBとは遺憾だな。女装についても、ちゃんとヤツなりに計算していて、女子生徒に化けていたほうが発見されないから、という理由だった。いまいましいというか、おそろしいことに、ヤツは警備員用の風呂を使用したあと、脱衣所で女子の制服に着替え、犯行後、堂々と休み時間に正面玄関から女装のまま、出ていったそうだ。実は今度がはじめてじゃなくて、何度もそういうことを繰り返していたらしい。今回は、図に乗って財布ごと盗んだのがいけなかったと悔やんでいるそうだ」
 「ふぅん。意外と隣の人がどんな人かって、見えてないもんだよね。制服着てるってだけで、なんとなく安心しちゃってさ。ところで、その財布、犯人はどうしたって言ってたの?」
 「いや、ごみ箱に捨てた、と」
 貴海がなんとなく理音から目をそらす。その気まずそうなところから見て、理音はそれ以上つっこむのをやめた。先生もたいへんなんだね。学校の派閥争いに、ごみ箱にあったはずの盗まれた財布が、横手の下駄箱から発見された謎…頭痛の種にはことかかない。
 「でも先生、わたしにお礼なんて言わなくていいよ。だってわたしはたまたま見て、思いついたことを先生にいっただけで、先生が警察に言ったり、ごみ収集会社をマークしたり、いろいろやったんでしょ? だったら先生の努力じゃない。誉めてあげる。偉い!」
 貴海はどんな顔をしたかわからない、といったふうに、戸惑いと照れの入り交じった表情を見せた。
 「よしよし。それじゃあ、わたしからご褒美をあげるね。まず、第一弾」
じゃじゃじゃん、と擬音つきで理音は自分の携帯を取り出してみせた。
 「データ、消していいよ」
 「あの夜の?」
 「そう。きれいに撮れてるでしょ? それ一枚きりだから、安心していいよ」
 貴海は携帯を受け取ると、画面に映し出された自分の顔をまじまじと見つめた。すぐに消去するかと思っていたが、そうではなく、画面に見入ってしばらくすると、声をたてて笑いだした。
 「ひどい顔をしているな、おれ。おもしろいな、残しといていいぞ」
 意外。
 「ええ、だって、それって、やばくないの? 背景といい、一緒に映ってる女の人といい……」
 しかし貴海はにこにこと笑いながら……その顔は理音の中にあった貴海のイメージを一瞬にしてすべて薙ぎ払うほどに、威力のある印象的なものだった……携帯をそのまま理音に返した。
 「かまわないよ。だって、あの夜は本当は、なんにもなかったんだから」
 「はあ?」
 「ずっと気にしてたけど、あらためて思い返すと、そんなにうじうじ考えるほどの出来事でもなかったな。それ見たら馬鹿馬鹿しくなって、気が晴れたよ。ありがとう」
 理音はわけがわからないながらも、言われるまま、消去するのをやめた。本人がしなくていい、と言っているならする必要もないだろう。
 「で、第二弾は? 今度はなにをくれるんだ?」
貴海はすっかり面白がっている。こんな展開になるとは思ってもいなかった理音は、落ち着かないものを感じつつ、カバンの中から紙袋を取り出した。
 「今度はあんまり期待されると困るんですけど、ほんとにちょっとしたモンです、ハイ。あの部屋にどうかと思って持ってきたんですが」
 貴海は紙袋を受け取ると、中身を取り出した。そして、見るなり、感心したらしく、またまたにっこりと笑った。
 「これ、きみが撮ったのか」
 「ハイ……写真が趣味なもんで」
 それは、理音の撮った野鳥の写真だった。瑠璃色の羽の美しい鳥が、深緑の木々に止まってなにかを見つめている。その瞬間を撮影したものだ。理音は動物や人間を撮るのはあまり好きではなかったが、山歩きをしていたとき、その鳥を見るなり、化学準備室にぴったりだと思ったのだ。その目も覚める瑠璃色と、深い緑は、あの殺風景な部屋にいくらか彩りを添えるにちがいない。
 「いい写真だ。大切に飾らせてもらう。被写体といい、アングルといい、なかなか趣味がいいな。意外だ。どうやらきみをだいぶ誤解していたようだな。またいい写真が撮れたら、見せてみなさい」
 貴海は本当に喜んでいるようだ。理音は自分の趣味のことは、はるかにも言っていなかったので、だれかに正面から誉められるということがいままでなかった。素直に、うれしいと思った。キキカイカイ、やっぱりいいヤツだ。
 あんまりうれしかったので、そこで少し、甘えが出たのかもしれない。
写真をおもしろそうに眺める貴海の顔を見ているうち、理音はどうしても聞きたくなった。
 かつて、沢登にしたのと同じ質問。
 「あのう、先生は、正直なところ、田端理音の印象をどう思ってます?」
 「印象? イメージということか?」
唐突な質問に、貴海の顔から笑みが消えた。あ、失敗したかも。理音はもういいですと言って立ち去ろうとしたが、しかし貴海は腕を組み、じいっと、例の無表情で理音を見つめた。どうもきちんと物事考えるときの、貴海の癖のようだった。
 貴海は、手にしていたパネルを立てて、とん、と理音の鼻に合わせてくっつけた。
 「人の顔は、右側が社会的な顔、左側が真実を映す顔だという。きみの場合、右側は完璧な愛らしい仮面」
愛らしい? おっ、キキカイカイも、わたしの容姿はいけてると認めているらしい。理音はご満悦で思った。しかし……
 「左側は……嘘つきだ」
 そのとき、理音の内面でなにかが崩れた。理音がどうする間もなく、はげしく壊れた。貴海がなにやら続けて言っている。しかし理音の耳にはなにも届かない。同じように貴海の顔を見上げながら、みるみる涙が浮かんできた。かなしい? よくわからない。でも泣きたい気分なのだ。理性的な自分が、
 「泣くなんてみっともない、やめて!」
と言っている。しかし泣くな、泣くなといわれるほど、涙はポンプに吸い上げられるように、どんどんどんどん、こみあげてくる。
 目の前のにじんだ貴海の顔が凍り付いた。ああ、もうダメだ。
 小学校でいじめを受けて以来、どんなことがあっても人前では泣かないで通してきた。そんな自分に誇りがあった。しかしそれも今日でおしまいである。涙が頬を伝わっていく。
 涙ってこんなになまぬるい液体だったっけ? それに鼻水まで出てきた。涙ってあんまりキレイじゃない。
 「慰めてくれなくて、いいです」
と、ようやく理音は口にした。とはいえ、貴海がなにを言ってるのか、まるで耳に入っていなかったが。
 「ものすごく、本当のことを言ってくれたと思いますから」
 あの夜以上に貴海があわてているのがわかる。なにかをして叱った女子が泣くのには慣れているだろうが、こういったシチュエーションでの女の子の涙にはとんと疎いらしい。
 それにしてもなんだってこの涙は止まらないのだろう。まわりにだれもいないのが救いだ。
 「悪かった。きつく言い過ぎた」
 「だから、慰めてくれなくていいって言ってるじゃないですか。もっと泣きますよ!」
 こうなると、貴海のほうには完全に言葉がない。手持ち無沙汰でかける言葉も封じられ、ただ目の前で立ってるしかないとなると苦痛だろう。もう行こう。立ち去ろうとした理音の視界に、あの夜の、貴海の連れ、普通科の英語教師の姿が映った。今日も派手だが趣味のいいブランド物のスーツを着ている。白が好きらしく、今日も白いバックに白いパンプス。金のベルトがアクセントである。
 「先生、カノジョが来てる」
 「ええ? あ、増峰先生は彼女なんかじゃない」
 「でも先生のこと、迎えに来たんでしょ。わたしが泣いてるの見て、誤解したらマズイです。早く行ってください」
 「だけどな」
 「もう、行ってくださいってば! 泣きわめきますよ!」
 これで脅迫するのは何度目だと思いながら、理音はしぶしぶ離れていく貴海のうしろ姿を見送った。増峰は手を振って、貴海を出迎えている。美男美女の若い二人はこれからおデートというわけだ。泣いてる生徒をほっぽって(行けといったのは理音だが、そのあたり複雑な女性心理なのである)。
 これだけ考えられるようになったなら、もうじき涙も乾くだろう。そうしてしばらくじっとしていると、高木はるかが理音を探しにやってきた。
 「理音ちゃん、探したんだよ。どうしたの? 怪我したの? それともだれかにいじめられたの?」
 「ちがうの。ちょっとね」
 涙を拭きながら、理音は心配そうに顔を覗き込むはるかに笑ってみせた。
 「そお? なにかあったなら話して。友達なんだから」
 いつもの理音なら、うん、そうだね、ありがとう。とかなんとか言ってはるかの気持ちを捕まえるところだが、今日はそんな気分ではなかった。黙ってそのまま歩きだすと、はるかも歩きだした。そして、なんとなく、はるかが
 「親友なら、わかってくれると思ってた」
と言った気分が理解できたような気がした。一人になりたい……
 そうして重い気分のまま、黙りがちに帰路についた二人だった。その途中、はるかが沈黙に耐えかねたか口を開いた。
 「あのね、理音ちゃん、今日、沢登くんがあたしのところに来てね、お願いがあるっていうの」
 「そう?」
 「うん……理音ちゃん、没収された人形、取り返してくれたんだね。それを沢登くんにあたしに渡してってお願いしたでしょ? そしたら沢登くん、あの手作り人形、よくできてるからオレにくれないか、って……。沢登くん、やっぱりいまでも理音ちゃんが好きみたいだね……」
 神様、わたしがいったいなにをしたというのでしょうか。

つづく…