B.B.の世界

枯葉のあいだに、なにかが光っているような?

最初に思ったのは、制服の釦が落ちたのかな、ということだった。
自分の黒の上着のうえにある、銀色の釦は落ちてない。カフス釦も三つそろっている。
となると、向こうで竹箒を抱えたまま、ほとんど掃除をしてないで、おしゃべりしているクラスメートの釦かも。
というか、さっきから手を動かしているのって、わたしと、ほかの二人だけなんですけど。
そうじ当番で中庭のそうじなんて、見回りの先生もめったに来ないわけだけど、これだけ枯葉が積もっていたら、そうじの誤魔化しようがないわけだし、すこしまじめにやってほしいなあ。

などと、口に出していえない。

時計を見ると、もう四時に近かった。
このままチンタラやってたら、本日のデートに遅れてしまいます。
家に帰って、着替えて、それから、18時の快速に乗る。間に合うかな?

現状を整理してみよう。
わたし、私立雨咲名望学院の二年B組田端理音は、そうじ当番で中庭を清掃中。
そして今日は大事なデートの約束がありまして、19時までには、C市の駅のそばにあるホテルのレストランに行かねばならない。
片付けなければいけない仕事。
中庭のそうじ。
家に帰って着替えること。
お義母さん、お義姉さんに、夜が遅くなることを言っておく。
18時台の快速電車に乗る。
よし、頭の整理ができた。まずしなくちゃいけないのは、そうじだ。
行く手をさえぎる枯葉の海を、この竹箒でこの世から消してくれよう。
そのまえに、まずは、この銀色のものを拾っておこう。

拾ってみると、それは、指輪だった。
古い指輪。台座がすこし汚れているし、それにデザインも古臭い。
嵌まっている石は、なんだろう、トパーズ? 
指に嵌めてみると、けっこう、しっくり来る。
「だれか、指輪とか、落としてない?」
わたしが言うと、ほかのそうじ当番の子たちは、こちらを向いて、首を振った。
「落としてない、っていうか、そもそも嵌めてない」
だよね。うちはバイトとか、携帯電話の所持とかの校則はやたらとゆるいけれど、服装規定は、ものすごーくうるさい。
スカート丈を、ちょっと詰めただけで職員室に呼ばれる校風だ。
それに逆らって、指輪をはめている子なんて、そうそういないだろうなあ。

「理音ちゃん、指輪、ひろったの?」
と、あまり興味がないふうに、クラスメートの一人がたずねてくる。
「うん、枯葉のあいだに落ちてたのー。ラッキーかも」
と、間伸びした、甘ったるい口調で答えるわたし。
「そう」
返事はそれだけ。
素っ気ないというか、会話がはずまない、というか。

中学から独自に推進してきた『ぶりっ子路線』だが、高校二年生も半ばをすぎ、だんだん周囲の反応が、かんばしくなくなってきた。
小学校六年生のとき、とつぜんに、クラス全員から無視された。
そのときの経験から、わたしは、だれも敵にまわさないようにするには、どうしたらいいか、必死で考えつづけてきた。
いちばんしっくりきたのが、『バカなぶりっ子を装う』という方法で、それは最近までは、うまく通用していたのだ。
無視がはじまったきっかけは、クラスで授業中に、手を挙げる回数が多かったから、というものだ。
要するに、優等生ぶりっ子が、みんなの鼻についた、というわけである。
だから、『世間知らずで常識のないバカ』になることを選択した。
知っていることにも、わざと知らないフリをした。
ふつうに出来ることも、わざとできないフリをした。
そうしているうちに、かつてわたしを無視していた子たちも、無視をやめて、ふつうに接するようになってくれた。

ふつう?
そうだろうか。

なんかちがうんじゃないか、ということに、わたしは最近、気づいている。
たしかに、わたしは、いじめられなくなった。
いじめられなくなったけれど、わたしを見るみんなの目が、何かが違う。
憐れまれているというか、軽蔑されているというか。
要するに、対等の立場としては、認められていない気がする。

最初に気づいたとき、きっと自分の気のせいだと、必死に言いきかせていた。
だって、そうじゃなかったら、いままでの努力って、意味がないように思えるし、なにより、無視されていたときと、あんまり変わらない状況に後戻りしてしまいそうで、怖かった。

いま、高校二年生の二学期も終わろうとしている。
高校生活も折り返しの地点に来て、わたしは、いまにも崩れそうな、砂の城の上に立っているような気持ちで、毎日を過ごしていた。


腕時計が16時をお知らせしました。
考えている場合じゃないな。
ともかく掃除を終わらせよう。

わたしが勢いよく竹箒を動かしはじめたので、それまで、のたくたしていたほかの子も、つられるように、そうじに励んでくれた。
中庭に、絨毯みたいにひろがっていた枯れ葉は、ポリ袋特大サイズ5枚のなかにおさまって、だいたい片付いた。
あとは焼却炉にもって行けば、そうじ完了だ。

「あ、ヤバ、バイトの時間に遅れる」
む?
「あたしもー。えー、けっこう時間、経ってたんだね。ねえ」
この『ねえ』は、わたしに向けての『ねえ』だ。

わたしはクラスで浮いている。
だれが見ても、というほどではないけれど、みんなとうまくやってはいるが、どのグループにも属さず……いや、正直にいうと属せず、なんとなく一人になってしまっている。
そういうわたしに、クラスメートが親しげに話してくるというときは、たいがい面倒が起こっているときだ。
「ごめん、うちら、じつは全員これから用があってさ、理音ちゃん、悪いんだけど、これ焼却炉に運んどいてくれない?」
ポリ袋に五枚分のゴミなのですが。
「その代わり、明日のそうじ当番、さぼっていーから!」
明日は、わたしも用事がないんだけどなあ。
「ね、いい?」
「うん、いいよ、やっておく」
条件反射で、思い切り、愛想のよい笑顔で答えるわたし。

この外面のよさも、四年間の『ぶりっ子』の成果だ。
損だけどさ、したくないことだけど、こっちの自己主張をうっかりして、嫌われて、また昔みたいにいやな思いをするよりは、損をしたほうが、ずっといいじゃない?
キライなやつ、になるよりは、どーでもいいやつ、のほうが、ずっとずっとマシだと思うわけ。

ポリ袋を焼却炉に持っていくと、いつもの用務員のおじさんがいなかった。
その代わりにいたのが、二年A組の担任の、貴海雪秀、通称・キキカイカイ。
ただし、本人にキキカイカイと呼びかけると、怒り出すので要注意。
今年になって赴任したばかりの化学教師なわけだけれど、何代か前の学長の息子だか孫だかで、要するに縁故で教師になった、というお方。
いい大学を出ているとかで、高学歴。ちょっと目が尖がり気味だけれど、そのほかは悪くないし、家柄もいいのだけれど、問題がひとつ。
人柄がわるいのである。
生徒が挨拶しても、挨拶を返さない、なんてことは、しょっちゅう。
四角四面で、授業内容もおもしろくないし、そのうえ、作るテスト問題は、難問奇問ばっかり。
えこ贔屓をする教師よりは、まだマシだけれど、可愛げがないので、一部女生徒を除いては、人気はほとんどない。
噂だと、職員室のなかの人間関係も、あんまりうまくいっていなくて、だから、休み時間のほとんどは、化学準備室に籠もっているのだそうだ。
そういえば、このひとが、ほかの先生と、談笑しているところは見たことがない。

ポリ袋をずるずると引きずってやってきたわたしを見て、キキカイカイは、いきなり顔をしかめた。
なにかお邪魔だったでしょうか。
「一人か」
「はいっ」
張り切る理由もないのだけれど、いつもの癖で、にこやかに答えると、キキカイカイの視線が、わたしの肩を越えて、そのうしろに溜めてある、残り四つのポリ袋に向かう。
さすがに五つは持ってこられない。
だというのに、これを運ぶ台車が見つからなかったので、仕方なく、ひと袋ずつ、ここまで引きずってきたのだった。

「君はたしか、B組の田端?」
「はあい。そうですぅ」
なんで知っているんだろ? B組の化学の担当は、キキカイカイじゃないのである。
「数学バカの」
「………」

数学バカの田端。
これがわたしのあだ名である。
わたしは私立雨咲名望学院のなかでも、とくに進学を希望する生徒だけをあつめた、特別進学科に所属している。
四つあるクラスにそれぞれ所属しているのは、みな県内でも有数の成績優良者なわけだが、わたしの場合、文系教科がかぎりなく赤点に近いのに、数学だけは、つねにトップの成績を取るということで、みなの印象に残っているようだ。

数学バカ、と言い出したのは、担任の広川勇一だったりする。
ちなみに、この足の短い学年主任の担当教科は現国だ。

それはさておき、数学バカとあだ名されているとはいえ、それが数学オリンピックに出れるほどの実力かというと、まったくそうではなく、単に偏差値が文系教科とくらべて、つねに平均以上だ、というだけのはなし。
そのあたりの半端さかげんも、田端理音らしいと、自負しているところである。
文系教科って、あいまいな質問が多いから苦手なのだ。
暗記するだけなら得意なんだけどなー。

それにしても、こうして二人で対面して話すのは初めてだというのに、その相手に対して、あだ名とはいえ、バカはないんじゃなかろうか。
というか、噂以上に、デリカシーとかなさそうだな、このひと。

しかし、ポリ袋を焼却炉に放り投げているあいだ、黙っているのも、なんだかなー。
世間話でもしてみようか?
「用務員のおじさんは、今日はどうされたんですかあ?」←世間話。
「正門の銀杏の葉の落ち方がひどいんで、そっちの掃除にかかりきりになっているんだ」
なるほど。
「なんで先生が焼却炉の当番なんですかあ?」
「ほかにだれもいなかったからだ」
そうかい。
「………」
「………」
早くも会話が途切れてしまった。
もともと、わたしは社交的なほうじゃない。
キキカイカイも、人見知りするほうなのかな? 

「B組の、ほかのそうじ当番は、どうした」
お、会話復活。
「ええとお、みんな用事があるとかでぇ、わたしだけしか時間がある人がいなかったんですぅ」
みんな、こっちの都合もおかまいなしに、用事をおしつけて、さっさと帰った、というのが本当なわけだけれど、なんでこうも気を遣わなくちゃいけないのかな、と思うと、ちょっと疲れてくる。
でも、ここでうっかり本音を言って、キキカイカイが変に気を利かせて、帰っちゃった子たちに注意したりするほうが面倒だ。
気遣いな人のわたし。

「たしか六人いたよな」
いつ見てたんだ?
「ひとり一袋持って、焼却炉に放り込めばいいだけの話だろう」
まったくだよ。
でもわたしは答えた。
「でもぉ、みんな用事があるわけですしぃ、わたしが暇なんですから、いいじゃないですかぁ」
「本当にそうか」
「は」
「さっきから、腕時計ばかり見ているじゃないか。本当は用があるんじゃないのか」
おどろいた。鋭いというか、細かいというか。
そんなに気にして見てたっけ。
「あんまりいい顔をしすぎないほうがいいぞ。お互いのためにいいことじゃない」
「は?」

ちょっとぎくりとした。
キキカイカイ、もしかして、さっきのわたしたちの会話、聞いていたのかな?
と、いうか、『あんまりいい顔をしすぎないほうが』って、なんだろ。
まるでわたしが態度を作っている、ってことを、見抜いているみたいじゃない?

どういうことかな、と思いながら、わたしはキキカイカイの顔を盗み見る。
顔だけ見れば、きれいな顔、って言っていいかなあ。
ちょっと古風な感じのする顔だ。
目が鋭いところが、難だけど、でもちょんまげにして裃とか着せたら似合いそう。
武士っぽい。
うん、それだ。

「それで最後か。ほら」
といって、キキカイカイは、わたしがずっと持っていた、最後のポリ袋を受け取ろうと、手を伸ばしてきた。
そのとき、急に、キキカイカイの顔が、わたしを見て強ばった。
なんだ?

キキカイカイは、ポリ袋を持つわたしの手を、いきなりぐいっと引っ張って、自分の目のまえに寄せるようにして、まじまじと見た。
このあいだ雑誌に載ってた爪占いでもするつもりか、などと呑気に考えたわたしが、気づいた。
そうだ、さっき拾った指輪だ。
ポケットにしまわずに、そのまま指に嵌めたきりだったのである。
しかもキキカイカイ、まずいことに風紀委員顧問だったりするのだ。
このまま職員室に呼び出しか? それだけは避けたい。
時間がないのだ、時間が。

どうやって切り抜けようかな、叱られるかな。
怯えつつ、ちらりと盗み見れば、キキカイカイは、わたしの指輪(いや、わたしの『拾った指輪』)を、じーっと凝視したまま、言った。
「これはどうした」
「いえ、あのう」

中庭でひろった、と正直に答えるのが一番だろうとは思う。
いつもならそうした。
ただし、わたしには、用事がある。
これからすぐに飛んで帰らなくてはならないわけ。
キキカイカイ、思った以上に細かい性格みたいだし、うかつに拾いました、なーんて言ったら、どこで拾ったのかとか、こまかく事情聴取されそうだ。
それはめんどい。
とはいえ、わたしのです、って言ったとしても、やっぱりめんどい。
呼び出し確定だろうな、この雰囲気じゃ。
うーん、どうするか。

「ええとですね、それはそのう、じつは、三年生を送る会で、友だちが劇をやることになりましてぇ、その小道具なんです、ハイ」
「本物だろう、これ」
え、マジ?
本物だったら、落とし主は懸命に探しているんじゃないかしらん。
というか、じつはもう、落としたという話がキキカイカイに言っていて、それで、こんなふうに詰問してくるのかもしれない。
けれど、ほとんど思いつきついてしまった嘘は、もう引っ込めることはできない。
嘘を押し通すしかないのだ。
てい!

「と、友だちに頼まれてですねぇ、それで、うちの、ええと、亡くなった母の指輪を持ってきたんですぅ」
母に死んでもらうことにしたのは、指輪のデザインの古さを説明するためだ。
なんたる知能犯。もしかして犯罪者適性あるのかも。
が、キキカイカイは、わたしの手をつよく握ったまま、えらいつよい調子で言ったのだ。
「本当にそうなのか? これは君のものなのか? どこで拾った? 中庭か?」
いかんなー。嘘って気づいている?
でも、残念ながら、貴海雪秀、君に関わっている暇は、今日はないのだよ!
「わたしのです!」
堂々と嘘をつき、わたしはキキカイカイの手を振りほどくと、そのままポリ袋もうっちゃって、逃げ出すようにして学校を出たのであった。

2へつづく
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