遠きにありて

その1

趙雲は自身の宿舎として、桂陽城の兵舎内をえらんだ。
兵舎は城の中心部からちかいし、なにより兵卒たちの様子をじかに知ることができる。
あまり広くない兵舎の一室には、深夜になっても、そこかしこで歩哨の足音、かがり火をたく音、だれかの話声、酒盛りの声や歌声が聞こえてきた。
趙雲は神経質な男ではなかったから、それらの音や声に悩まされることはなかった。
真っ暗闇の室内に、音が踊るように入ってくる。
閉じたまぶたのうしろで、音の正体を想像しているうち、眠りに落ちた。

ごとん、ごとんと重苦しい音を立てて回る水車と、絶え間ない川のせせらぎ。
そのまわりの青草のなかに、ぽやぽやと愛らしく咲くたんぽぽ、ところどころに辛夷の真っ白い花が咲いていて、春霞の空のしたでは、そこだけ行燈をともしたようにぼおっと光って見える。
ぶんぶんと飛ぶ蜜蜂と、ちらちらとせわしなく羽ばたきをくりかえす蝶、そして色とりどりの野の花たち。
薄青い空のもと、城市をぐるりと取り囲む赤土の土塁が見える。
それを敵の来ぬうちにと、補修をしている若い衆のすがた。
もっこをかついで、土を運び、一方で土を突き固めていく。
単調な作業をまぎらわせるため、若い衆は陽気に唄う。
なつかしい、ふるさとの民謡だ。
少年時代の趙雲は、かれらのけんめいに働く姿を、ぼんやりながめていることが好きだった。
かれらの動きがおもしろい。
えっさほいさとかけ声をかけて、どさりともっこから土をおろす。
するとすかさずほかの若い衆が、わらわらとあつまってきて、土をならして、固めていく。
みるみるうちになにもなかったところに土が積まれていくのを見ているのは、まったく飽きなかった。

男女のなんたるかがわかりはじめてきたころから、自分が父の子ではなく、長兄の子なのではないかという疑いに悩まされていた趙雲にとって、故郷の冀州、常山真定は重苦しい記憶のしみこんだ土地だ。
母は趙雲をかわいがってくれた。
一方で、おそらく母のまことの恋人であったろう長兄は、趙雲に厳しく当たった。
誤れば、容赦なく鞭が飛んできた。
理不尽ともおもえる叱責を受けるのも、一日に一度や二度ではない。
うまくやっても、誉め言葉はあたえられない。
長兄が、あまたいる兄弟のなかで、とくに自分にきつく当たったのは、なぜだったのか。
趙雲自身が、やはり父の子で、長兄からすれば憎い恋敵の子に見えたからなのか。
それとも長兄は、道ならぬ恋のすえに生まれた趙雲の存在がおそろしく、それでつらく当たったのか。
どちらなのかは、いまだにわからない。

長兄は趙雲をきびしく監視し、手元に置いて、朝から晩まで六芸をみっちり仕込んだ。
長兄と、世間の兄弟らしく、親しく語らったことなど、記憶にない。
そんな趙雲が、気を抜くことができたのは、長兄が午睡をしているあいだだけ。
その隙に趙雲は家を出て、外の空気を吸いに行く。
水車小屋のとなりのゆるい坂の上から、とおくの土塁を補修する若い衆をながめることが、一日の唯一のほっとする時間だった。
若い衆はたのしそうだったろうか?
彼らの中に入っていきたいと願っていたのだろうか?

長兄は、趙雲が公孫瓚に仕えているあいだに病死した。
跡をついだ次兄は甲斐性がなく、家は衰退していく一方だと聞いている。
しかも、次兄と趙雲は腹違いということもあって疎遠だ。
そのうえ、次兄は曹操の支配する冀州の人間として、敵対勢力である劉備に仕える趙雲をこころよくおもっていない節がある。
趙雲が手紙を送っても、返事がくることは稀だ。
故郷は、すでに趙雲にとって遠いものになっていた。

朝になって目が覚めたとき、なんだってまた、土塁をつくる男たちをながめていたということを夢の中で思い出したのだろうと、不思議におもった。
水車の音や、野の花の香りも思い出せそうなほど、鮮明な夢だった。
おかげで、趙雲は孤独だった少年時代のさびしさ、不安も、ついでに思い出してしまった。
だれしもそうだとおもうが、過去の面白くない思い出にふりまわされ、一日の始めを迎えなければならない気分は、いいものではない。
寝台のそばに置いてあった水差しで、いっきに水を飲み干し、つづいて、かんたんに身づくろいをすませると、井戸端で、盛大に顔を洗った。
おなじく起き出してきた部下たちが、元気にあいさつしてくれる。
それに自分も張り切って応じているうち、気持ちが切り替わった。
夢は夢だ。
なぜ夢を見るのか、仕組みのよくわからないことに振り回されるなんて馬鹿げている。
さっさと忘れてしまおう。
それより、趙範のやつから仕事の引継ぎをしなくては。

そもそも、あたらしく桂陽太守となったはずの趙雲が、城ではなく兵舎の片隅に寝室を定めざるをえなかったのは、単に兵卒たちの様子を把握したいから、というだけではなかった。
原因は趙範にある
いや、ただしくは趙範の兄嫁の存在が原因、である。
趙範が降伏してきたとき、かれは友好の証といって、趙雲に、寡婦となっていた兄嫁と再婚してくれまいかと頼んできた。
趙雲は断った。
おなじ趙姓で、しかも同郷であることをおいても、婚姻話が出るまえに義兄弟のちぎりをかわしてしまっているのに、いまさら、「義理の兄たる趙範の、その兄嫁」を娶るわけにはいかない。
趙範は自分の面子をつぶされたことに対して、非常に不満そうであった。
とはいえ趙雲の英傑ぶりにほれ込んだから、真の義兄弟になれずに残念がっているというわけではなく、単に、自分の思い通りにいかなかったことが不満のようだった。
しかも、この趙範の兄嫁は、趙範の妻子を差し置いて、桂陽の城の後堂の女主人であるらしい。
婚姻話を蹴られた腹いせのつもりなのかなんなのか、桂陽が趙雲らに支配されたいまでも、後堂の支配権をゆずろうとしない。
趙雲に嫁がないことも、趙範の兄嫁と、その一族が舐めてかかる一因かもしれなかった。
もちろん、なにか無礼があれば、自分に対する無礼は主君・劉備への無礼だといって、趙範の一族をまとめて放り出すこともできなくはない。
だが、そうなると、桂陽の治安は不安定なものにもどる危険がある。
趙範は小人物だったが、最低限のやるべきことはやっていたようで、領民も趙範となじんでいた。
そのなかで、新参者たる趙雲が張り切りすぎて、趙範の一族を粗略にあつかえば、領民らがどんな目でこちらを見るようになるか、それはあきらかだ。

兵舎の一角から城に通い、政務をとる、という日々がしばらくつづいた。
そのあいだ、ほぼ毎日、趙雲は、おなじ故郷の常山真定の夢をみた。
あんまりつづく夢なので、これは、なにかしらの天のお告げなのではあるまいかとおもうようにもなっていた。
そこで、占いにも精通する臨烝の孔明に手紙を書いた。
「かくかくしかじかで、少年時代の夢をよく見るのだが、理由はあるだろうか」
趙雲はきっと、孔明は面白がりはするだろうけれど、あまり真剣には受け取らずに、返事を寄越すだろうなと想像していた。
だが、孔明から帰ってきた手紙には、思わぬことが書かれていた。
「同郷の常山真定の者に注意せよ」
手紙には、なぜ注意しなければならないかの根拠は書いていなかった。
同郷の常山真定の者、というと、長坂の戦いのおりに捕虜にした夏侯蘭か、それこそ趙範くらいしかおもいつかない。
夏侯蘭を観察するに、おかしな素振りを見せることもなく、淡々と職務をこなしている。
曹操の手の者とつながっている気配もなさそうだ。
となると、注意すべきは趙範なのか。

趙範は目端のよく利く男で、組織の中ではかなり重宝されるだろう性質を持っている。
相手をよく観察し、相手ののぞむことを先回りして叶えておき、どうです、と差し出してくるような男だ。
それほど敏感だから、趙雲がかれを疑いのまなざしで見始めていることに、趙範自身も気づいているようだった。
疑惑を払拭したいのか、眼が合うと、揉み手をはじめかねないくらいに下手に出たような笑みを見せて、ぺこりと頭を下げてくる。
だが、趙雲が見ていないとおもっているのか、趙範の表情は、ふとした瞬間に、すうっとすべての表情が波が引くようになくなることがあった。

桂陽における、趙範の立場は、いまのところ悪いものではない。
趙雲に、趙範を追い出すつもりがなかったからだ。
だが、どの世界にも過度に忖度する者がいるものだ。
そのおせっかいが、趙範はやがて裏切るだろうと見越して、かれのまわりをちょろちょろして、趙雲に趙範のうごきを逐一伝えてくる。
そうなると、趙雲自身がどっしり構えていても、周りは浮足立ってくる。
いつ趙範は裏切るのか。
そんなことになってほしくはないのに、なぜか事態を待ち受けているような、奇妙な空気が桂陽の城には流れ始めていた。

徐々に緊張が高まっていくなか、趙雲はやはり、故郷の夢を見つづけた。
がたん、ごとんと水車の回る音と、春風にゆるく揺れるたんぽぽの姿。
春霞のかかった薄青色の空の下、地平線には土塁が築かれていて、もっこをかついだ男たちが、ふるさとの民謡をうたいながら作業している。
不吉な要素などどこにもない、のどかな夢なのである。
だが、夢から醒めたあとの趙雲の気分は、いつもいいものではなかった。
起きてすぐのときは、ただの夢だとおもえる。
だが、頭が冴えてきて、おれは、いまだにふるさとに縛られているのだなと考え始めてしまうと、もういけない。
屈託のない少年時代とは言い難かった。
厳しかった少年時代のことが、つぎからつぎへと思い出されてしまい、気分がふさがってくるのである。
ふるさとをはなれて、かれこれ二十年以上。
どうして桂陽に入ってから、その夢を頻繁に見るようになったのか、わからない。
いままで、劉備に従って、ひたすら一直線の道を走ってきたような日々だった。
それからくらべると、辺境といっていい桂陽での暮らしは、のどかといえばのどかで、だから気が緩んで夢を見るのかもしれないなともおもう。
やはり、夏侯蘭と趙範の存在が大きいのかもしれない。
とくに、趙範のお国訛りをきいていると、落ち着かない気持ちになる。
こうも落ち着かないのは、いまだに少年時代のつらさが胸の内に引っかかっているからかもしれないと趙雲は苦くおもう。
自分の意外な弱さを夢に知らされているようで、おもしろくない。

みじかい朝議のさい、常山真定のお国訛りを隠さずしゃべる趙範をじっとながめていた。
この男は、何千里と離れた桂陽に定着してもなお、常山真定の影響を受けつづけているのだと、趙雲はふしぎにおもった。
かんがえてみれば、趙範が降伏の白旗をあげてきたさい宴会に誘われて以来、きちんと語り合ったことがない。
宴のさいの趙範の舌はなめらかで、聞いてもいない身の上話をとうとうとしゃべった。
趙範は、聞いているほうがむずがゆくなるほど身内をほめた。
しあわせな家庭に育ち、うまく世渡りをして、劉表に気に入られ、桂陽の太守になった。
その後、曹操にもうまく取り入って、太守の地位を守りとおした。
それができたのも、一族の内助の功があったからだという。

と、そこまで思い出して、趙雲は、趙範に深入りしつつあるおのれをたしなめた。
かれの気心はまだ知れていない。
仮に知れてきたとしても、どうも趙範とは馬が合わないのではと予感がするのだ。
同姓同郷とはいえ、趙範は、趙雲とはまったくちがう環境で育ったようである。
趙範の人のよさそうな丸い顔をみていれば、話どおりということは、わかる。
かれは、いくぶん、ずるさを持った男だ。
だが、ずるさを非難するつもりは、趙雲にはない。
それは、乱世を生き抜くうえでは、必要不可欠なものだからだ。
逆にいうと、健全にずるさを身に着けられるほど、趙範は成長するまでのあいだ、ごくごくふつうに育ったのだ。
少年時代はあかるいものだったのだろう。
かれの目には陰りがない。
また下手にかたりあって、趙範のお国訛りで、たのしかった幼少期の話など聞かされた日には、真逆だったおのれがあわれにおもえてきて、理不尽さに腹が立ってくることは確実だ。
もちろん、趙範には責任はまったくないのだが、そうであっても、腹が立つ。
きびしくつらく当たってくる長兄のもと、友のひとりもなく、つくることすらゆるされず、ひたすら書物と武芸の中になぐさめをみつけていた少年時代。
唯一、のんびりできるのは、長兄が午睡しているとき。
土塁を作る男たちの作業と、出来上がっていく土塁を見ていることだけが息抜きだった。
がたんごとんと鈍重にまわる水車の音を昨日の聞いた音のようにおもいだせる。
おれは、あの土塁をつくる人夫たちを、ほんとうはどんな気持ちでながめていただろうか。
おもえば、人夫たちがけんめいに作っていた土塁は、農民を中心とする烏合の衆だった黄巾賊には有効だったが、つづいて襲ってきた北方の異民族の烏丸たちには、役に立たなかった。
もちろん、当時は、役に立たない土塁を作っているのだ、などとはおもっていないで、作業を見ていた。

そうだ。

趙雲は夢に土塁が出てくる意味に気づいた。
土塁をつくっていた男たちをながめていた、あの静かで退屈なひとときこそ、おれの常山真定での少年時代の終わりだったのではないか。
あのあとすぐに、土塁を越えて烏丸たちがやってきて、集落をさんざん荒らし回り、略奪と暴行の限りをつくして去っていった。
浴びせられた暴力があまりにひどかったので、趙雲は外界に出て、集落の人々のためだけではなく、世のため人のため、悪を倒さねばと奮起したのだ。
烏丸の襲撃こそ、趙雲が義勇軍に参加するきっかけだったといっていい。
悲惨な暴力のために荒廃したふるさとを趙範は知らないだろう、そのまえに出ていったようだから。
うつくしい故郷しか知らない男。
しあわせな男だ。
だから、お国訛りも丸出しでのん気に常山真定の名を口にできるにちがいない。

そこへいくと自分は、どうだろう。
常山真定の出自であることをことあるごとに喧伝している。
単純にうつくしかった故郷への郷愁の混じった気持ちがあるばかりではない。
捨ててしまった故郷への贖罪の気持ちもある。
人はこれほどまでに、生まれた土地に縛られてしまうものだということに、趙雲はあらためて愕然とした。
あまりめそめそ、ねちねちした性分ではない自分とおもっていたが、意外とそんなことはないらしい。
ふるさとを破壊したものへの怒りでふるさとを出て、自由の空気を吸ってからは、ふるさとに縛られることを忌んで、ふるさとにもどらなかった。
いつのまにかふるさとは、長兄とかかわる苦い思い出の場所でしかなくなっている。
うつくしい風景、たのしかった思い出、うれしかったこと、もの、人々、いろいろあったはずなのに、忘れてしまっているのだ。
きっと趙範は、こんな複雑な思いをふるさとに抱いてはいなかろう。

思いにふけっていた趙雲は、趙範のほうもまた、自分をじっと観察していることに気づいた。
いや、見返された、というほうが正しいか。
趙範の丸顔には、表情らしい表情がない。
失礼をしたかなと、趙雲は気まずくおもった。
じっと見られた趙範は、いい気持ちがしなかったのではないか。

朝議のあと、それとなく謝罪の代わりに声をかけにいったが、趙範は近づくまえに、顔をこわばらせて立ち去ってしまった。
趙範の後ろ姿は、こころなしか丸っこく、すでに中年太りの傾向が見えるところからして、あまりからだの鍛錬に励んでいないことが知れた。
いっしょに桂陽を守っている仲間であるので、趙範にあまり悪感情はもちたくなかった。
だが、おのれと真逆のくせに共通点が多いことが、かえって、嫉妬心にも似た感情を呼び起こさせる。
もし乱世に生まれていなかったら、ふるさとで肉親の愛情を受けられていたなら、故郷の荒廃を眼前で見ざるを得ない不幸に直面さえしなかったら、自分だって、趙範のように、もうすこし、世間並みに、いまごろ妻子をもって、親孝行ができるふつうの男になれていたかもしれない。
あまりに遠いところにきてしまった。
いまからでもすべてを取り返すのに遅くはないと、人はいうかもしれない。
しかし、趙雲は知っている。
仮に自分のまわりを物や人で囲んでみても、こころのなかの渇きは満たされない。
そうである以上、なにも意味をなくしてしまうものだろうと。
だれかに指摘されたわけでもないが、本能でそう感じる。
生まれた土地に縛られつつ、その土地が苦い場所であったから憎んでいる。
こんな苦しい気持ちからは逃れたいものだが、逃れられない。
困ったものだ。
2017/7/31 🄫はさみのなかま

つづく

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