よいうわさ


蜀漢にはあまたの武将が存在し、その率いる軍が存在する。
なかでも、もっとも結束が固いとされているのが趙雲の軍であった。
副将の陳到以下、趙雲に鉄の忠誠を誓うものたちが、切磋琢磨して毎日、鍛錬に励んでいる。
部将たちおよび兵卒たちは、たがいにとても仲が良く、まるでたくさんの兄弟のようだった。
軍隊生活でありがちな、いじめやいびりとも無縁、飯はたらふく食べられるし、日によっては昼寝も可能ということで、徴兵されたものも大満足。

それに、大将の趙雲ができた男で、部下の話をじつによく聞いた。
人の話を聞く、とひとことでいっても、なかなかむずかしいものである。
凡人は、相手の話を途中でさえぎったり、先回りして勝手に結論を述べたり、しまいまで聞いたあとで訳知り顔で説教したりして、話し手をうんざりさせることがほとんどである。
ところが趙雲が非凡なのは、ともかくじっくり話を聞く。
相づちは打つが、途中で話の邪魔はしない。
そして、わかったふりをしない、さらには知ったふうな顔で意見をいわない。
相談事や悩み事であれば、深く共感を示し、あるいは同情を示し、親身になってともに悩む。
ちょっとした世間話であっても、途中で飽きるそぶりも見せずに真剣に聞き、さいごにかならず、
「たいへん興味深い話であった」
と感想を述べる。
しかも、
「また面白い話があったなら聞かせてくれ」
と、話をした相手の労をねぎらい、自尊心をもくすぐる。
話をした相手は、胸の内をすっかり趙雲に知ってもらったような気になるので、満足して去っていく。

「うちの大将は素晴らしいお方だ、じっくり人のはなしに耳を傾けてくださる」
「話を聞くことは、なかなかむずかしいことだぞ。おれは話がうまくないが、趙将軍はいやな顔をひとつも見せない」
「あれこそ、大人(たいじん)というものだ。人のかがみだ。おれたちはいい大将に恵まれているぞ」
とまあ、よいうわさがあちこちに流れる。
よその大将は、叩き上げから、名門の嫡流まで、いろいろいるが、だれも趙雲ほどには聞き上手ではない。
なので、趙雲の部隊の兵卒たちが、大将自慢するのを聞いて、
「うらやましい、うちの大将もそんなだったならなあ」
とぶつくさいうのであった。
もちろん、陰で。
ぶつくさいっていることが万が一、上官に知られたら、げんこつどころでは済まない。

「兵卒たちがあなたのいいうわさをしていたよ」
朝議のあと、兵舎へ向かっていた趙雲に、上座からわざわざ小走りになって孔明が寄ってきた。
この軍師将軍は、なぜだか趙雲がほめられていると、それを自分の手柄のようにうれしがるところがある。
いまも、鼻高々、というふうである。
いいうわさをしていた、と趙雲にいえば、きっとよろこぶだろうということを確信している顔でもある。
ほかの文官、武官たちが、それぞれの持ち場へ移動していくのを尻目に、趙雲は朝議で凝った首をぱきぽき鳴らしてほぐしながら、答えた。
「それはありがたいが、たいしたことはしていないぞ」
「ご謙遜。人の話をじっくり聞くということは、簡単にできるようで、案外むずかしいものだ。わたしなんぞは、つい、相手のことばを聞きつつ、自分がつぎに何をいうかをかんがえてしまう。悪いくせなので直そうとおもっているのだが、なかなか直せぬ」
「おまえでもそうか」
「おや、おまえ『でも』というと、あなたもか」
「聖人でもないかぎり、相手の話を完ぺきに聞きつづけるのはむずかしい。相手の話が見えないときや、話の先が見えてきたときなどは、自分のつぎにいうことばをかんがえはじめてしまう。だが」
「だが?」
「その『つぎにいうことば』のほとんどは、相手が望まぬものだ。相手は、そうか、なるほど、よくわかった、この三つをこころをこめていえば、たいがい安堵するものだ。じつのところ、自分のつぎにいうことばなんぞ、考えるだけ思考の無駄なのさ」
「なるほど、聞き上手の極意だな」
「やけに持ち上げてくれるな。なにかあったのか」
趙雲が予防線を張って指摘すると、孔明はけらけらと屈託なくわらった。
「構えてくれるな、なにもない。ただ、兵卒たちが、蜀漢の武将のなかでは、趙子龍の配下になるのがいちばんいい、といっていたので、それを伝えたかったのだ」
「ふむ」
趙雲としても、兵卒たちがそれほど喜んでくれたなら悪い気はしない。
優しいばかりの男ではない、厳しい面も持ち合わせている趙雲だが、このときばかりは、部下たちをたいへん可愛くおもい、もっと大切にしてやろうとおもえた。

あまり喜怒哀楽を表に出さない趙雲が、くちびるをほころばせていると、孔明がさらにいった。
「若輩のわたしがいうのもなんだが、あなたは成長したな。新野で会ったころは、いまのように、それほどじっくり人の話を聞くほうではなかったろう。いつから変わったのだ」
「まあ、たしかに。あまり意識して人の話に耳を傾けるほうではなかった」
「なぜ変わった」
「それは、おまえ」
趙雲は孔明を見た。
朝露に濡れた木々を初春の陽光が照らす。
城の庭に植えられたつぼみを付けた桃の花が見えた。
あれが満開になったなら、おれは新野での毎日を思い出すだろうなと、趙雲はおもった。
風が吹き、桃の薄くれないの花びらの舞い散るなかで、出会ったばかりの孔明と趙雲は、ともかくなんでも語り合ったものだった。
まったくの他人と、これほど話がぴったり合うのかと、おどろくことが多い毎日だった。
孔明におのれの胸の内の語っていくうちに、趙雲は自身のくちがつむぐことばの羅列から浮かぶ、おのれの姿を見た。
それからだ。人に話を聞いてもらうということで、どれほどこころが安定し、そして成長できるきっかけになるのか、自覚したのは。
いくばくかの対抗心から、自分も孔明に倣うようになった。
それを自分を律し、反省しながらつづけていくことで、自然と人の話を聞くことができるようになったのである。

「わたしがどうした」
ふしぎそうな顔をする孔明に、趙雲は素直に答えるべきかどうか、迷った。
答えた場合、孔明は慢心しないだろうか。
いや、そんなやつではないな、きっと恐縮するだろう。
そして、おそらくこういうにちがいない。
「あなたの話を聞くのがたのしかった、それだけだよ」
と。
それが本心だろうと想像できるところが、孔明の孔明たるゆえんである。
想像をふくらませて、趙雲は、くちびるに浮かべていた笑みをひっこめると、真面目な顔をして答えた。
「それはここでいうことではないな」
「では、どこでなら聞ける」
「そうさな」
今宵はさいわい、満月だ。
成都もだいぶ落ち着いて、趙雲が接収した屋敷の庭も補修がほぼ終わり、あずまやで宴をできるくらいになっている。
「月にでも聞けばよい」
「それは、今宵、飲もうという誘いだな」
「そんなところだ」
「たのしみにしているよ」
ぶっきらぼうな趙雲の誘いに、孔明はうれしそうに満面の笑みを向けてくると、それから持ち場へと去っていった。
うしろ姿を見送りながら、趙雲は、宵まで、機嫌よく過ごせそうだなとおもった。
こころ弾む、ということはこういうことをいうのだろう。
趙雲がほんとうのところを打ち明けたときの、照れるだろう孔明の顔を想像しつつ、趙雲は鼻歌まじりに、兵舎へと向かっていった。

(おわり)
2017/7/12 🄫はさみのなかま
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