十訓抄  その1

第一 可施人惠事 
一ノ二

天智天皇、世につつみ給ふことありて、筑前の國上座の郡朝倉といふ所の山中に、黒木の屋を造りておはしけるを、木の丸殿といふ。圓木にて造るゆゑなり。
今、大嘗会の時、黒木の屋とて、北野の齋場所に造る、かの時のためしなり。民をわづらはさず、宮造りも倹約なるべきといふよしなり。唐堯の宮に土の階をもちゐぬ、萱の軒を切らざりけるためしなり。

さて、かの木の丸殿には用心をし給ひければ、入來の人、必ず名のりをしけり。

朝倉や木の丸殿にわがおれば名のりをしつつ行くは誰が子ぞ

これ、天智天皇の御歌なり。これ、民ども聞きとどめて、うたひそめたりけるなり。その國々の風俗ども、えらび給ひける時、筑前の國の風俗の曲にうたひけるを、延喜の帝、神樂の歌ども加へられけるに、うたひそへられたりけるなり。其駒も同じ御時加へられたるとぞ。

朝倉にとりては、めでたき曲なり。昔よりかたみにゆづりて、上手にうたはせむとするなり。ことかき、すががきを掻くに、拍子ばかりをうちて、上下、臈をいはず、堪能のものにゆづりて、かれがうたふを待つなり。C暑堂の御神樂に、齊信、公任、本末の拍子とられける時も付歌にて、定頼ぞ朝倉をばうたはれる。

(了)
朝倉や  巻第十七 雑歌中 1687 天智天皇御歌
題しらず
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一ノ十八

後コ大寺左大臣小侍從と聞えし歌よみに通ひ給ひけり。ある夜、ものがたりして、曉歸りけるほどに、この人の供なりける藏人といふものに、
いまだ入りもやらで、見送りたるが、ふり捨てがたきに、立ち歸りて、なにごとにても、いひて來
とのたまひければ、
ゆゆしき大事かな
と思へど、程經べきことならねば、やがて走り入りて、車寄せに、女の立ちたる前についゐて、
申せと候ふ
とは、左右なくいひ出でたれど、なにともいふべしともおぼえぬに、をりしも里の鶏、聲々鳴き出でたりければ、

ものかはと君がいひけむ鳥の音のけさしもなどか悲しかるらむ

とばかりいひかけて、やがて走りつきて、
車寄せにて、かくこそ申して候ひつれ
と申しければ、いみじくめでられけり。
さてこそ、使にははからひつれ
とて、後にしる所などたびたりけるとなむ

上東門院の伊勢大輔が墨するほどに
けふ九重にといふ歌を案じ得、一間を居ざり出づるあひだに、
こはえもいはぬ花の色かな
の末の句を付けたりける、心のはやさにも、劣らずこそ聞ゆれ。

かの藏人は、内裏の六位などへて、やさしき藏人といはれけり。

(了)

ものかはと

の本歌
 巻第十三 恋歌三 1191 小侍従 
題しらず
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一ノ三十六

近ごろの歌仙には、民部卿定家宮内卿家隆とて、一雙にいはれけり。そのころ、われもわれもとたしなむ人多けれど、いづれも、この二人には及ばざりけり。
ある時、後京極攝政、宮内卿を召して、
この世に歌詠みに多く聞ゆるなかに、いづれか勝れたる。心に思はむやう、ありのままにのたまへ
と御尋ねありけるに、
いづれも分きがたく
と申して、思ふやうありけるを
いかに/\
と、あながちに問はせ給ひければ、ふところより畳紙を落して、やがて罷り出でけるを、御覽ぜられければ

明けばまた秋のなかばも過ぎぬべしかたぶく月の惜しきのみかは

と書きたりけり。
これは民部卿の歌なり。かねて、かかる御尋ねあるべしとは、いかでか知らむ。もとよりおもしろくて、書きて持たれたりけるなめり。
これら用意深きたぐひなり。

(了)
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一ノ四十七

かやうの振舞のみにあらず、詩歌などにつけても、必ず禁忌の詞を除きて、越度なきやうに思慮すべきなり。
壬生忠岑、宣旨によりて、春の歌奉りけるに、

白雲のおりゐる山

とよみけるを、躬恆、ことに難じ申しけり。そののち、ほどなく世の中かはりにけり。

堀河院御會に、右大辨長忠に題を召したりければ、夢後郭公といふ題を奉りける。これまた、いくほどなく院かくれさせ給ひけり。

同じ御時、中宮の御方にて、花合といふことありけるに、越前守仲實が歌に、玉の身といふことをよめりける。いま/\しきことと、人申しけるほどに、宮、やがて失せ給ひけり。

周防内侍が郁芳門院の歌合に

わがしたもえの煙なるらむ

とよめりけるも、時の人、いかにとかや申しけるとぞ。
必ずしも、これによるべきかはと思へども、人のいひならはせること、捨てらるべきにあらず。詮は、かかる失錯をせじと思慮すべき。

近くは中御門攝政殿

朝眠遅覺不開窓 朝眠遅く覚めて窓を開かず

といふ詩を作り給ひて、いくほどなく御とのごもりながら、頓死せさせ給ひにけるとぞ。


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一ノ四十八

また詩歌につけて、異名などつけらるゝことあり。
治部卿能俊は白河院、鳥羽殿の御會に、

月の中なる月をこそ見れ

とよみて、天變の少將といはれけり。

中納言親經卿後鳥羽院詩歌合

月自家山送我來 月、家山より我を送りて來たる

と作りて、山送りの辨とぞ付けられける。
かやうのこと、よく心得べし。同じ異名なれども、さむるうつゝの少將、待宵の小侍從などつけられたるは、優におぼゆかし。

(了)
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一ノ五十七

われ、その能ありと思へども、人々にゆるされ、世に所置かるるほどの身ならずして、人のしわざも、ほめむとせむことをも、いささか用意すべきものなり。

三河守知房所詠の歌を、伊家辨、感歎して
優によみ給へり
といひけるを、知房、腹立して
詩を作ることはかたきにあらず。和歌のかたは、すこぶるかれに劣れり。これによりて、かくのごとくいはるゝ。もつとも奇怪なり。今よりのち、和歌をよむべからず
といひけり。

優の詞も、ことによりて斟酌すべきにや。
これはまされるが、申しほむるをだに、かくとがめけり。いはむや、劣らむ身にて褒美、なか/\、かたはらいたかるべし。よく心得て、心操をもてしづむべきなり。
人の善をもいふべからず。いはむや、その悪をや
このこころ、もつとも神妙か。

ただし、人々遍照寺にて、山家秋月といふことをよみけり。その中に範永朝臣、藏人たる時の歌、

すむ人もなき山里の秋の夜は月の光もさびしかりけり

とありけり。件の懷紙の草案どもを、定頼中納言とりて、公任卿出家して居られたる、北山長谷といふところに遣はしたりければ、範永が歌を深く感じて、かの歌の端に
範永誰人哉、得其躰 範永、誰人や、その躰を得たり
と自筆にて、書きつけられたりけるを、範永、情感にたへず、その草案を乞ひ取りて、錦袋に入れて、寶物として持ちたりけり。
これこそ稱美のかひありと聞こゆれ。かやうのことは、よくいれたる人のすべきなり。

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第三 可侮人倫事 
三ノ八

近ごろ、最勝光院に梅盛りなる春、ゆゑづきたる女房一人、釣殿の邊にたゝづみて、花を見るほどに、男法師などうちむれて入り來ければ、こちなしとや思ひけむ、歸り出でけるを、着たる薄衣の、ことのほかに黄ばみ、すすけたるを笑ひて、
花を見捨てゝ歸る猿丸

と連歌をしかけたりければ、とりあへず、

星まぼる犬の吠えるに驚きて

と付けたりけり。人々恥ぢて、逃げにけり。
この女房は俊成卿の女とて、いみじき歌よみなりけるが、深く姿をやつしたりけるとぞ。

(了)
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