定家八代抄 春、夏、秋、冬歌
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春歌上
1 攝政太政大臣 みよし野は山もかすみて白雪のふりにし里に春は來にけり
2 太上天皇 ほのぼのと春こそ空に來にけらし天の香具山かすみたなびく
11 山部赤人 明日からは若菜摘まむとしめし野に昨日も今日も雪は降りつつ
10 權中納言國信 春日野の下萌えわたる草のうへにつれなく見ゆる春のあわ雪
23 攝政太政大臣 空はなほかすみもやらず風冴えて雪げにくもる春の夜の月
17 藤原家隆朝臣 谷河のうち出づる波も聲たてつうぐひすさそへ春の山かぜ
18 太上天皇 鶯の鳴けどもいまだ降る雪に杉の葉しろきあふさかの關
30 よみ人知らず 梅が枝に鳴きてうつろふ鶯のはね白たへにあわ雪ぞ降る
51 西行法師 とめこかし梅さかりなるわが宿を疎きも人はおりにこそよれ
52 式子内親王 ながめつる今日は昔になりぬとも軒端の梅はわれを忘るな
54 八條院高倉 ひとりのみながめて散りぬ梅の花知るばかりなる人はとひこず
45 藤原家隆朝臣 梅が香にむかしをとへば春の月こたへぬかげぞ袖にうつれる
48 權中納言定頼 來ぬ人によそへて見つる梅の花散りなむ後のなぐさめぞなき
49 大貳三位 春ごとに心をしむる花の枝に誰がなほざりの袖か觸れつつ
27 西行法師 降りつみし高嶺のみ雪解けにけりC瀧川の水のしらなみ
76 宮内卿 薄く濃き野邊のみどりの若草にあとまで見ゆる雪のむらぎえ
65 伊勢 水の面にあや織りみだる春雨や山の高なべて染むらむ
73 殷富門院大輔 春風のかすみ吹きとくたえまよりみだれてなびく柳のいと
74 藤原雅經 しら雲のたえまになびくあをやぎの葛城山に春風ぞ吹く
37 藤原家隆朝臣 霞立つすゑのまつやまほのぼのと波にはなるるよこぐもの空
55 大江千里 照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき
56 菅原孝標女 淺みどり花もひとつにかすみつつおぼろに見ゆる春の夜の月
57 源具親 難波潟かすまぬ浪もかすみけりうつるもくもるおぼろ月夜に
58 寂蓮法師 今はとてたのむの雁もうちわびぬおぼろ月夜のあけぼのの空
59 皇太后宮大夫俊成 聞く人ぞなみだは落つるかへる雁なきて行くなるあけぼのの空
60 よみ人知らず 故郷にかへるかりがねさ夜ふけて雲路にまよふ聲きこゆるなり
83 式子内親王 いま桜咲きぬと見えてうすぐもり春に霞める世のけしきかな
84 よみ人知らず 臥して思ひ起きてながむる春雨に花の下紐いかに解くらむ
85 中納言家持 行かむ人來む人しのべ春かすみ立田の山のはつざくら花
86 西行法師 吉野山去年のしをりの道かへてまだ見ぬかたの花を尋ねむ
81 紀貫之 わが心春の山邊にあくがれてながながし日を今日も暮らしつ
春歌下
99 太上天皇 さくら咲く遠山鳥のしだり尾のながながし日もあかね色かな
104 山部赤人 ももしきの大宮人はいとまあれ櫻かざして今日もくらしつ
105 在原業平朝臣 花にあかぬ歎はいつもせしかども今日の今宵に似る時は無し
102 京極前關白太政大臣 白雲のたなびく山のやまざくらいづれを花と行きて折らまし
103 權大納言長家 花の色にあまぎるかすみたちまよひ空さへ匂ふ山ざくらかな
82 藤原家隆朝臣 おもふどちそことも知らず行き暮れぬ花のやどかせ野べの鶯
100 皇太后宮大夫俊成 いくとせの春に心をつくし來ぬあはれと思へみよし野の花
101 式子内親王 はかなくて過ぎにしかたを數ふれば花に物思ふ春ぞ經にける
106 凡河内躬恆 いもやすくねられざりけり春の夜は花の散るのみ夢にみつつ
107 伊勢 山ざくら散りてみ雪にまがひなばいづれか花と春にとはなむ
109 よみ人知らず 霞たつ春の山邊にさくら花あかず散るとやうぐひすの鳴く
110 山部赤人 春雨はいたくな降りそさくら花まだ見ぬ人に散らまくも惜し
113 藤原家隆朝臣 この程は知るも知らぬも玉鉾の行きかふ袖は花の香ぞする
114 皇太后宮大夫俊成 またや見む交野のみ野のさくらがり花の雪散る春のあけぼの
128 宮内卿 花さそふ比良の山風ふきにけり漕ぎ行く舟のあと見ゆるまで
129 宮内卿 あふさかやこずゑの花をふくからに嵐ぞかすむ關の杉むら
130 二條院讃岐 山たかみ峯の嵐に散る花の月にあまぎるあけがたのそら
134 藤原定家朝臣 櫻色の庭のはるかぜあともなし訪はばぞ人の雪とだにみむ
135 太上天皇 今日だにも庭を盛とうつる花消えずはありとも雪かとも見よ
136 攝政太政大臣 さそはれぬ人のためとやのこりけむ明日よりさきの花の白雪
122 大納言經信 山ふかみ杉のむらだち見えぬまでをのへの風に花の散るかな
124 左京大夫顯輔 ふもとまで尾上の櫻ちり來ずはたなびく雲と見てや過ぎまし
126 西行法師 ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別れこそ悲しかりけれ
139 藤原家隆朝臣 さくら花夢かうつつか白雲のたえてつねなきみねの春かぜ
144 左近中將良平 散るはなのわすれがたみの峰の雲そをだにのこせ春のやまかぜ
145 藤原雅經 花さそふなごりを雲に吹きとめてしばしはにほへ春の山風
147 攝政太政大臣 吉野山花のふるさとあと絶えてむなしき枝にはるかぜぞ吹く
149 式子内親王 花は散りその色となくながむればむなしき空にはるさめぞ降る
148 大納言經信 ふるさとの花の盛は過ぎぬれどおもかげさらぬ春の空かな
158 藤原家隆朝臣 吉野川岸のやまぶき咲きにけり嶺のさくらは散りはてぬらむ
159 皇太后宮大夫俊成 駒とめてなほ水かはむ山吹のはなの露そふ井出の玉川
161 厚見王 かはづなく神なび川に影見えていまや咲くらむ山吹の花
169 寂蓮法師 暮れて行く春のみなとは知らねども霞に落つる宇治のしば舟
174 攝政太政大臣 明日よりは志賀の花園まれにだに誰かは訪はむ春のふるさと
夏歌
175 持統天皇御歌 春過ぎて夏來にけらししろたへの衣ほすてふあまのかぐ山
188 藤原元眞 夏草は茂りにけりなたまぼこの道行き人もむすぶばかりに
186 曾禰好忠 花散りし庭の木の間もしげりあひてあまてる月の影ぞ稀なる
225 大納言經信 さ苗とる山田のかけひ漏りにけりひくしめ繩に露ぞこぼるる
226 攝政太政大臣 小山田にひくしめ繩のうちはへて朽ちやしぬらむ五月雨の頃
220 攝政太政大臣 うちしめりあやめぞかをる郭公啼くやさつきの雨のゆふぐれ
228 大納言經信 みしま江の入江の眞菰雨降ればいとどしをれて刈る人もなし
230 藤原基俊 玉がしは茂りにけりなさみだれに葉守の神のしめはふるまで
238 皇太后宮大夫俊成 たれかまた花橘におもひ出でむわれもむかしの人となりなば
232 藤原定家朝臣 たまぼこのみち行人のことづても絶えてほどふるさみだれの空
251 前大僧正慈圓 鵜飼舟あはれとぞ見るもののふのやそ宇治川の夕闇のそら
248 權中納言國信 郭公さつきみなづきわきかねてやすらふ聲ぞそらに聞ゆる
264 藤原C輔朝臣 おのづから涼しくもあるか夏衣ひもゆふぐれの雨のなごりに
263 西行法師 よられつる野もせの草のかげろひてすずしく曇る夕立の空
262 西行法師 道の邊にC水流るる柳かげしばしとてこそ立ちとまりつれ
281 宮内卿 片枝さす麻生の浦梨はつ秋になりもならずも風ぞ身にしむ
270 攝政太政大臣 秋近きけしきの森に鳴く蝉のなみだの露や下葉染むらむ
283 壬生忠岑 夏はつる扇と秋のしら露といづれかまづはおきまさるらむ
秋歌上
286 崇コ院御歌 いつしかと荻の葉むけの片よりにそそや秋とぞ風も聞ゆる
287 藤原季通朝臣 この寝ぬる夜の間に秋は來にけらし朝けの風の昨日にも似ぬ
289 藤原家隆朝臣 昨日だに訪はむと思ひし津の國の生田の森に秋は來にけり
308 式子内親王 うたたねの朝けの袖にかはるなりならすあふぎの秋の初風
305 皇太后宮大夫俊成 荻の葉も契ありてや秋風のおとづれそむるつまとなりけむ
299 西行法師 おしなべて物をおもはぬ人にさへ心をつくる秋のはつかぜ
300 西行法師 あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋風立ちぬ宮城野の原
301 皇太后宮大夫俊成 みしぶつき植ゑし山田に引板はへて又袖ぬらす秋は來にけり
310 大貳三位 秋風は吹きむすべども白露のみだれて置かぬ草の葉ぞなき
311 曾禰好忠 朝ぼらけ荻のうは葉の露みればややはださむし秋のはつかぜ
312 小野小町 吹きむすぶ風はむかしの秋ながらありしにも似ぬ袖の露かな
320 皇太后宮大夫俊成 たなばたのと渡る舟の梶の葉にいく秋かきつ露のたまづさ
321 式子内親王 ながむればころもですずしひさかたの天の河原の秋の夕ぐれ
325 女御徽子女王 わくらばに天の川浪よるながら明くる空にはまかせずもがな
407 上東門院小少將 かはらじな知るも知らぬも秋の夜の月待つほどの心ばかりは
380 式子内親王 ながめわびぬ秋より外の宿もがな野にも山にも月やすむらむ
393 攝政太政大臣 故郷のもとあらのこ萩咲きしより夜な夜な庭の月ぞうつろふ
392 藤原家隆朝臣 ながめつつ思ふも寂しひさかたの月のみやこの明けがたの空
419 攝政太政大臣 月だにもなぐさめがたき秋の夜のこころも知らぬ松の風かな
433 太上天皇 秋の露やたもとにいたく結ぶらむ長き夜飽かずやどる月かな
435 二條院讃岐 おほかたの秋のねざめの露けくはまた誰が袖にありあけの月
413 左京大夫顯輔 秋風にたなびく雲のたえまよりもれ出づる月の影のさやけさ
389 藤原家隆朝臣 鳰のうみや月のひかりのうつろへば浪の花にも秋は見えけり
333 柿本人麿 秋萩の咲き散る野邊の夕露に濡れつつ來ませ夜は更けぬとも
334 中納言家持 さを鹿の朝立つ野邊の秋萩に玉と見るまで置けるしらつゆ
340 藤原C輔朝臣 薄霧のまがきの花の朝じめり秋は夕べとたれかいひけむ
331 顯昭法師 萩が花まそでにかけて高圓のをのへの宮に領巾ふるやたれ
346 柿本人麿 さを鹿のいる野のすすき初尾花いつしか妹が手枕にせむ
347 よみ人知らず をぐら山ふもとの野邊の花薄ほのかに見ゆる秋のゆふぐれ
349 式子内親王 花薄まだ露ふかし穂に出でばながめじとおもふ秋のさかりを
345 坂上是則 うらがるる淺茅が原のかるかやの亂れて物を思ふころかな
355 藤原基俊 秋風のややはださむく吹くなべに荻の上葉のおとぞかなしき
473 藤原家隆朝臣 蟲の音もながき夜飽かぬふるさとになほ思ひそふ松風ぞ吹く
474 式子内親王 跡もなき庭の淺茅にむすぼほれ露のそこなる松蟲のこゑ
461 菅贈太政大臣 草葉には玉と見えつつわび人の袖のなみだの秋のしらつゆ
462 中納言家持 わが宿の尾花がすゑにしら露の置きし日よりぞ秋風も吹く
464 柿本人麿 秋されば置くしら露にわがやどの淺茅が上葉色づきにけり
470 太上天皇 露は袖に物思ふ頃はさぞな置くかならず秋のならひならねど
471 太上天皇 野原より露のゆかりをたづね來てわが衣手に秋かぜぞ吹く
秋歌下
497 柿本人麿 垣ほなる荻の葉そよぎ秋風の吹くなるなべに雁ぞ鳴くなる
498 柿本人麿 秋風に山飛び越ゆるかりがねのいや遠ざかり雲がくれつつ
501 西行法師 横雲の風にわかるるしののめに山飛びこゆる初雁の聲
502 西行法師 白雲をつばさにかけて行く雁の門田のおもの友したふなる
505 皇太后宮大夫俊成女 吹きまよふ雲ゐをわたる初雁のつばさにならす四方の秋風
475 藤原輔尹朝臣 秋風は身にしむばかり吹きにけり今や打つらむ妹がさごろも
483 藤原雅經 みよし野の山の秋風さ夜ふけてふるさと寒くころもうつなり
481 大納言經信 故里に衣うつとは行く雁や旅のそらにも鳴きて告ぐらむ
482 紀貫之 雁なきて吹く風さむみ唐衣君待ちがてにうたぬ夜ぞなき
484 式子内親王 千たびうつ砧のおとに夢さめて物おもふ袖の露ぞくだくる
479 宮内卿 まどろまで眺めよとてのすさびかな麻のさ衣月にうつ聲
495 曾禰好忠 やま里に霧のまがきのへだてずは遠方人の袖も見てまし
491 寂蓮法師 村雨の露もまだひぬまきの葉に霧たちのぼる秋のゆふぐれ
361 寂蓮法師 さびしさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮
368 式子内親王 それながら昔にもあらぬ秋風にいとどながめをしづのをだまき
370 和泉式部 秋來れば常磐の山の松風もうつるばかりに身にぞしみける
373 藤原基俊 高圓の野路のしの原末さわぎそそや木がらし今日吹きぬなり
439 寂蓮法師 野分せし小野の草ぶし荒れはててみ山に深きさをしかの聲
440 俊惠法師 嵐吹く眞葛が原に啼く鹿はうらみてのみや妻を戀ふらむ
444 攝政太政大臣 たぐへくる松の嵐やたゆむらむおのえにかへるさを鹿の聲
459 柿本人麿 さを鹿のつまどふ山の岡べなる早稲田は刈らじ霜は置くとも
452 權大納言長家 過ぎて行く秋の形見にさを鹿のおのが鳴く音も惜しくやあるらむ
437 藤原家隆朝臣 下紅葉かつ散る山の夕時雨濡れてやひとり鹿の鳴くらむ
507 宮内卿 霜を待つ籬の菊のよひの間に置きまよふいろは山の端の月
487 藤原定家朝臣 ひとり寝る山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床の月かげ
488 寂蓮法師 ひと目見し野邊のけしきはうらがれて露のよすがに宿るつきかな
513 左衞門督通光 いり日さすふもとの尾花うちなびきたが秋風に鶉啼くらむ
518 攝政太政大臣 きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む
522 寂蓮法師 鵲の雲のかけはし秋暮れて夜半には霜や冴えわたるらむ
525 八條院高倉 神なびのみむろの梢いかならむなべての山も時雨するころ
532 藤原定家朝臣 時わかぬ浪さへ色にいづみ川ははその森にあらし吹くらし
533 源俊頼朝臣 故郷は散るもみぢ葉にうづもれて軒のしのぶに秋風ぞ吹く
534 式子内親王 桐の葉もふみ分けがたくなりにけり必ず人を待つとならねど
539 前參議親隆 鶉鳴く交野に立てる櫨紅葉散りぬばかりに秋かぜぞ吹く
540 二條院讃岐 散りかかる紅葉の色は深けれど渡ればにごるやまがはの水
542 權中納言長方 あすか川瀬々に波よるくれなゐや葛城山のこがらしのかぜ
530 宮内卿 立田山あらしや峯によわるらむわたらぬ水も錦絶えけり
537 藤原家隆朝臣 露時雨もる山かげのした紅葉濡るとも折らむ秋のかたみに
543 權中納言公經 もみぢ葉をさこそあらしの拂ふらめこの山もとも雨と降るなり
冬歌
552 藤原高光 神無月風にもみぢの散る時はそこはかとなくものぞ悲しき
554 藤原資宗朝臣 いかだ士よ待てこと問はむ水上はいかばかり吹く山の嵐ぞ
555 大納言經信 散りかかる紅葉流れぬ大井河いづれゐぜきの水のしがらみ
591 源信明朝臣 ほのぼのと有明の月の月影に紅葉吹きおろす山おろしの風
602 前大僧正慈圓 もみぢ葉はおのが染めたる色ぞかしよそげに置ける今朝の霜かな
566 宮内卿 からにしき秋のかたみやたつた山散りあへぬ枝に嵐吹くなり
604 藤原雅經 秋の色をはらひはててやひさかたの月の桂に木からしの風
570 西行法師 月を待つたかねの雲は晴れにけりこころあるべき初時雨かな
577 能因法師 時雨の雨染めかねてけり山城のときは杜のまきの下葉は
580 前大僧正慈圓 やよ時雨もの思ふ袖のなかりせば木の葉の後に何を染めまし
581 太上天皇 深高らそひかねていかならむ間なくしぐれのふるの神杉
582 柿本人麿 時雨の雨まなくし降ればまきの葉も争ひかねて色づきにけり
585 西行法師 秋篠やとやまの里やしぐるらむ生駒のたけに雲のかかれる
590 二條院讃岐 世にふるは苦しきものをまきの屋にやすくも過ぐる初時雨かな
606 殷富門院大輔 我が門の刈田のおもにふす鴫の床あらはなる冬の夜のつき
607 藤原C輔朝臣 冬枯の森の朽葉の霜のうへに落ちたる月のかげのさむけさ
615 攝政太政大臣 笹の葉はみ山もさやにうちそよぎ氷れる霜を吹くあらしかな
616 藤原C輔朝臣 君來ずは一人や寝なむささの葉のみ山もそよにさやぐ霜夜を
617 皇太后宮大夫俊成女 霜がれはそことも見えぬ草の原たれに問はまし秋のなごりを
618 前大僧正慈圓 霜さゆる山田のくろのむら薄刈る人なしにのこるころかな
619 曾禰好忠 草のうへにここら玉ゐし白露を下葉の霜とむすぶ冬かな
620 中納言家持 鵲のわたせる橋に置く霜のしろきを見れば夜ぞ更けにける
624 和泉式部 野べ見れば尾花がもとの思草かれゆく冬になりぞしにける
628 康資王母 あづま路の道の冬草繁りあひて跡だに見えぬわすれ水かな
645 後コ大寺左大臣 夕なぎにとわたる千鳥波間より見ゆるこじまの雲に消えぬる
632 攝政太政大臣 消えかへり岩間にまよふ水の泡のしばし宿かる薄氷かな
635 攝政太政大臣 かたしきの袖の氷もむすぼほれとけて寝ぬ夜の夢ぞみじかき
636 太上天皇 橋姫のかたしき衣さむしろに待つ夜むなしき宇治のあけぼの
639 藤原家隆朝臣 志賀の浦や遠ざかりゆく波間より氷りて出づるありあけの月
657 柿本人麿 矢田の野に淺茅色づくあらち山嶺のあわ雪寒くぞあるらし
660 權中納言長方 初雪のふるの神杉うづもれてしめゆふ野邊は冬ごもりせり
662 式子内親王 さむしろの夜半のころも手さえさえて初雪しろし岡のべの松
674 入道前關白太政大臣 降る雪にたく藻の煙かき絶えてさびしくもあるか鹽がまの浦
675 山部赤人 田子の浦にうち出でて見れば白たへの富士の高嶺に雪は降りつつ
671 藤原定家朝臣 駒とめて袖うち拂ふかげもなし佐野のわたりの雪のゆふぐれ
672 藤原定家朝臣 待つ人のふもとの道は絶えぬらむ軒端の杉に雪おもるなり
677 皇太后宮大夫俊成 雪降れば峯のまさかきうづもれて月にみがける天の香具山
683 太上天皇 このごろは花も紅葉も枝になししばしな消えそ松のしら雪
691 西行法師 おのづからいはぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに歳の暮れぬる
696 小侍從 思ひやれ八十ぢの年の暮なればいかばかりかはものは悲しき
698 攝政太政大臣 いそのかみ布留野のをざさ霜を經て一よばかりに殘る年かな
701 入道左大臣 いそがれぬ年の暮こそあはれなれ昔はよそに聞きし春かは
703 後コ大寺左大臣 いしばしる初瀬の川のなみ枕はやくも年の暮れにけるかな