越中

    市振


 今日は、親しらず子しらず、犬もどり、駒返しなど云、北國一の難所を越てつかれ

侍れば、枕引よせて寐たるに、一間隔て面の方に、若き女の聲二人斗ときこゆ。

年老たるおのこの声も交て物語するをきけば、越後の國新潟と云所の遊女成し。

伊勢参宮するとて、此関までおのこの送りて、あすは故郷にかへす文したゝめて、

はかなき伝言などしやる也。

 
 白浪のよする汀に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて、定めなき契、

日々の業因、いかにつたなし

と物云をきく/\寐入て、あした旅立に、我/\にむかひて、

行衛しらぬ旅路のうさ、あまり覚束なう悲しく侍れば、見えがくれにも御跡をしたひ侍ん。

衣の上の御情に、大慈のめぐみをたれて、結縁せさ給へ

と泪を落す。不便の事には侍れども

我/\は所々にてとゞまる方おほし。只人の行にまかせて行べし。神明の加護かならず

恙なかるべし

と云捨て出でつゝ、哀さしばらくやまざりけらし。
 

  一家に遊女もねたり萩と月
 
 曾良にかたれば、書とゞめ侍る。
 

有 磯 海

 くろべ四十八が瀬とかや、數しらぬ川をわたりて、那古と云ふ浦に出。担籠の

藤浪は春ならずとも、初秋の哀とふべきものをと、人に尋れば、是より五里、い

そ伝ひして、むかふの山陰にいり、蜑の苫ぶきかすかなれば、蘆の一夜の宿かす

もあるまじと、云イをどされて、かゞの國に入る。
 

 わせの香や分入右は有磯海

白波のよする
 
1701 第十八 雜歌下 よみ人知らず 
一家と遊女
 
西行江口の遊女妙の逸話が根底にあるといわれる。
西行物語 天王寺
有磯海
 
歌枕富山県高岡氷見の富山湾の海、元々は一般的な意味だったが、大伴家持の歌より富山湾の海になった。
          万葉集 3991 白波の荒磯海に寄する
          万葉集 131 にきたづの荒磯の上
 
有磯海の歌
 
1064 第十一 戀歌一 伊勢 
那古海の歌
 
35 第一 春歌上 後徳大寺左大臣 
 
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