“銀河鉄道999外伝” 「プレゼント」 (星野悠理さま作)    
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       (5)

 バタバタと二人は慌しくロビーに駆け込んだ。入り口からすぐ、レストランの隣にそのバーはあった。
 二人の目の前でフランス窓風の木枠のドアが開き、中からビジネススーツ姿の二人の男が入れ替わるように出て行った。
「女の酒乱だよ、ほっとけ」
 鉄郎は男達のやり取りが気になったが、中に入った。
 途端に人だかりに囲まれた奥のカウンターから、メーテルの泣きじゃくる声がかすかに聞こえてきた。
 テーブルのあちらこちらの客達が、不安げにカウンターを見つめている。
 近づけば、彼女の周囲に困惑したように立ち尽くす数人の男女に囲まれて、普段着の上から黒いコートを無造作に羽織って椅子に腰掛け突っ伏すメーテルの姿があった。
 テーブルの上にはワインやウィスキーの空き瓶が、まるで手当たり次第に飲み干したかのように彼女の周囲に足の踏み場も無いほど散乱している。
 すぐ傍らでは、品のいいスーツ姿の小柄な老婦人がメーテルの背に手を掛けて、顔を覗き込みながら懸命に宥めていた。
「・・・ねえ、きっと何か辛いことがあったのよね?どう?良かったら、女同士、お部屋に戻って二人きりで話さない?」
「済みません、通してください」鉄郎とエメラルダスは人垣を押しのけるように中に入った。
 と、カウンターの向うから、酷く弱りきった表情のウェイターが話しかけてきた。
「失礼ですが、こちらのお客様の御家族の方でしょうか?」
「姉です。ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません」 エメラルダスが躊躇無く応えた。
 “恋人です”と鉄郎は応えたかった。
 しかし、あまりにも幼い自分の外見だ。これ以上メーテルを好奇の眼に晒すこともできまい。
「と・・弟です」  
 そのとき、メーテルの背中がかすかに震えたような気がした。
 酔っ払いの家族の到着に安心したのか、メーテルを囲む人垣はわらわらと離れていった。
「本当にご迷惑をおかけしまして・・」
 鉄郎はメーテルを宥めていた老婦人に謝罪した。
「いいのですよ、お気になさらずに・・・良かったわね、お姉さまたちがいらして。元気をお出しなさいね」
 老婦人はメーテルの肩に優しく手を置くと、そっと離れて行った。
「メーテル、どうしたの?顔をお挙げなさい」
 懸命に語りかけるエメラルダスの傍らで、鉄郎はウェイターに事の顛末を尋ねた。
「申し訳ありません。彼女を置いて外出していたのですが・・どうして、こんなことに?」
「いえ、1時間程前にこちらにおいでになられまして、ワインを、初めはグラスで、次にボトルで3本注文されたのですが、なにしろ、お召し上がりになるスピードがものすごいピッチでして、あっという間に3本ともお一人で空けてしまわれたのですよ。」
「3本もですか?」
「ええ。それから、コニャックを2本、スコッチウィスキー3本、ジンやブランデー、ラム酒やウォッカから、最後にはバーボンウィスキーやアリクバカラまでご注文されて・・・それをお一人で全て召し上がられましてねえ。」 
 人のよさそうな若いウェイターはメーテルを気遣いながら説明する。
「ただ、ロックや水割りならまだしも、ブランデーはおろか、バーボン、アリクバカラまで全部ストレートで、それも一気飲みのように立て続けにご自身でグラス一杯に継ぎ足されて一息で呷られるものですから・・正直、こちらから見ておりましてもさすがにこれは、と思えまして。いくらなんでも、お身体に良いわけがありませんし、何より女性の方ですので後々問題が生じないとも限りませんので、そのあたりでおやめくださいますよう御忠告申し上げたのですが・・・なかなか、お聞き届けいただけませんで・・・」
「そんなに・・・」
 アリクバカラといえば、アンドロメダのマルゴー星産の穀物酒である。アルコール度数95パーセント。
 メーテルの聞くに堪えない飲みっぷりに愕然となる鉄郎だった。
「どうして早くにオーダーをストップさせなかったのです?」
 エメラルダスの詰問に、ウェイターは酷く困惑した顔をした。
「誠に申し訳ございません。見た感じ平静な御様子でしたので・・・明らかに泥酔されておいでならば、こちらも強く申し上げることが出来ますが・・」
「まったく・・品の無い飲み方をして・・」あきれ返るようにエメラルダスは呟いた。
「それで・・」
 鉄郎が間に入った。
「ええ、それから、いきなりでした。ご覧のとおりになられたのは・・・」
 突っ伏した彼女の体の間からかすかに嗚咽が漏れる。
「メーテル、泣いてばかりじゃ理由がわからないでしょう・・どうしたの?何があったの?」
 エメラルダスの説得にもただ泣きじゃくるだけ・・・鉄郎とエメラルダスは顔を見合わせた。
「とにかく、部屋につれて帰りましょう」
「すみません、勘定はこのカードで・・」
 渡された領収明細に鉄郎は目を剥いた。
(なっ、45リーグだってえ!?たった一晩で、45リーグパア・・・) 
 鉄郎は決して守銭奴ではない。
 しかし、45リーグは鉄郎にとっては大金に思えるのだ。それがあっという間に霧散してしまうとは・・・なんだか打ちのめされた気分だった。
 鉄郎の傍らでメーテルはカウンターから起き上がっていた。
 エメラルダスと向き合い鉄郎に背を向け、カウンターを肘掛にして横向きにもたれながら、顔をハンカチで押さえ、俯き加減に腰掛けている。
「落ち着いたかな?メーテル・・部屋に行きましょうか・・」
 エメラルダスはメーテルを支えて立たせようとした。が、メーテルはその手を払いのけた。
「いい・・・一人で歩けます・・」
 やれやれとエメラルダスは溜息をついた。
「何いってるの。顔中飲みすぎマークべた貼りの癖に・・ほら、一緒に行くわよ」
「私は酔ってなんかいません!!」
「いいえ、酔ってます!!」
「酔えなかったのよ・・・いくら強いお酒を飲んでも・・・酔いつぶれたかったのに・・だから一人で歩けるわ。ほっといて!!」
 そう言うなりメーテルは立ち上がった。
 が、彼女のヒールの高いブーツが足首からぐにゃりと曲がった。そのままがくんと体がくず折れた。
「危ない!!」
 咄嗟にエメラルダスと傍らにいたウェイトレスがメーテルの両腕を掴んだ。床にべったり腰を落とすメーテル。
「みなさい!見事なくらい酔ってるわ!!」
 泣きはらして真っ赤なメーテルの両目から再び大粒の涙が零れ落ちた。
「変ね・・・頭はすっきりしてるのに・・・私・・どうしたのかしら・・」
「ちょっと持ってて」
 鉄郎はエメラルダスにショッピングバッグを渡すとメーテルに歩み寄った。
「ほら酔っ払い・・・・君はアルコールが運動神経に来るようだね」
 言うなりメーテルをひょいと胸の中に軽々と抱きかかえると
「お騒がせして申し訳ありません」
 ウェイターに一礼して、行こうか、とそのまますたすたと出口に向かった。
 少し離れて後に続くエメラルダス。
「離して!何するの!」
 鉄郎の腕の中で暴れるメーテルを鉄郎はしっかりと胸に抱きこんだ。
「少しは静かにしろ!」
「離しなさい鉄郎!」
「嫌です」
「あなたなんか大嫌いよ!!・・自分で歩くわ!!今すぐ降ろしなさい!!」
「降りられるもんなら降りてみてください」
 鉄郎は彼女を抱いたまま離さない。そのまま3人はエレベーターに乗り込んだ。
「あなたの顔なんか見たくも無いわ!!降ろしなさい!・・・お願い・・降ろして・・」
 鉄郎の胸の中で小さな嗚咽が聞こえてきた。
 癇癪の矛先は自分に向けられているのだろうとは解っていたけどね。
「単に風呂に入らんぐらいで酔いつぶれるほど飲んで荒れるかねえ、普通・・・ほら、メーテル、んなデッカイ図体していつまでもメソメソ泣くんじゃねーよ」
 メーテルは、キッと鉄郎を見上げた。
「あなたが小さすぎるだけじゃないの!私は普通です!!」
「シめるぞ!この!!」
「やってごらんなさいよ!!」
 はいはい、もういい加減にしなさいとエメラルダスが止めに入った。
「くだらないことでケンカしなさんな!私から見れば二人揃っておチビさんなんだから。五十歩百歩じゃないの」
 エメラルダスは二人からギロリと睨まれた。
「お・・・・」
 部屋に戻ると中は鉄郎が出てきたときのままの有様になっていた。
 付けっぱなしの照明にノートパソコン。
 唯一の違いはバスルームの明かりが消えていることと、テーブルの上に開け放して置いてあるメーテルの携帯電話・・・
「さてと、酔いつぶれるほど飲んだ原因は、一体何かしら?」
 ソファの上にクッションを並べながらエメラルダスはメーテルに問いただす。
 メーテルをソファに降ろすや否や、彼女は鉄郎を睨み付けた。
「あなた・・白々しい顔して、よくも戻ってこれたわね」
「何だと!」
 いきなり投げ付けられた言葉に鉄郎は気色ばんだ。たかが風呂のことで、どうしてそこまで言われなければならないんだ。
 しかしメーテルは・・・
「教えなさい!!どこの女よ!汚らしい!!どうせ行きずりの店でナンパでもしたんでしょ!!今度同じ事をしてごらんなさい、ただじゃおかないから!!」
「・・・は?・・・」
 メーテルの吐く言葉の意味が鉄郎には量りかねた。
「何のことだ・・」
「とぼけないでちょうだい!!」
「メーテル、鉄郎はね、私と一緒にいたのよ。」
「エメラルダスは黙ってて」
 メーテルは足元をふらつかせながら立ち上がるとテーブルの上の携帯電話を手に取り、画面を鉄郎の目の前に突きつけた。
 不振な面持ちで鉄郎は画面を覗いた。画面にはびっしりと何かの名前が列を成している。
(ロンドン亭、ドールハウス、ピュア・モード、アッシュアッシュ、アクト・ワン、つちや、ピー・ギャラリー、リュリュ、モーツアルト、ウッドランドホテル・・・・・???)
 なんだこれ?とばかりにメーテルを見たが、まだ解らないの?と彼女は鉄郎を睨むと鉄郎のノートパソコンをいじり始めた。
 パソコンはいつの間にかインターネットに繋いであった。
「あなたの携帯電話のGPSと繋いでリアルタイムで居場所を特定して、私の電話に配信してくれるサービスがあるわ。それをパソコンに送られてきた地図で見たら、一目瞭然・・・」
 覗いてみると、ブラウザには市内のいわゆるショッピングスポットの地図。そこに転々と赤いマークと時間が、地図のあちこちに表示されていた。
 その下にはコメント。
 <ファミリーパブ ロンドン亭>  <レディスカジュアル ピュア・モード>  <ランジェリーショップ リュリュ>  駄目押しの<ビジネスホテル ウッドランドホテル>・・・・・
「・・・って、メーテル、これ・・・」
 ソファに腰掛け半ば諦め顔で成り行きを見守っていたエメラルダスが、膝の上で頬杖ついて溜息混じりに呟いた。
「DDIの追跡サービスね。別名、”浮気撃退システム”」
「なっ、なんじゃそりゃあ・・・!?」
 エメラルダスは苦笑交じりに説明した。
「つまり、二人の電話を通じてあなたの行動がリアルタイムでメーテルにチェックされていたってわけ。システム自体は古くから構築されていたけれど、今はシステムがほぼ宇宙全域に張り巡らされているわ。つまり、銀河のどこにいてもあなたの行動が逐一メーテルに伝わってくるの。その気になれば、メーテルが地球にいても、ヘビーメルダーでのあなたの浮気現場を押さえることが出来る・・」
 おい、ちょっと待てよ・・・鉄郎の心に新たな怒りが継ぎ足された。
「それは解ったが、どうしてそんなストーカーまがいのことをするんだ君は!!」
「あなたが電話に出なかったからよ!」
 メーテルは鉄郎にまくし立てた。
「電話しても全然出ない!メール打っても返事がない!!挙句は電源まで切って!!心配で仕方なかったからGPSに繋いだらどうよ。ふらふらと飲み屋に行ったと思ったら、女向けの店をほっつき歩いたあげくホテルですって!?人をバカにして!!どういうつもりなの!!申し開くことがあったら、いって御覧なさい!!」
 確かに返事を返さなかったのは悪かった。しかしながら、鉄郎にしてみればあまりにも理不尽な物言いに怒りが頂点に達した。
「俺が何したって言うんだ!!女口説いてたとでも言うのか!!」
「それ以外の何だというの!!」 メーテルの目に涙がにじんだ。
「このクソ忙しいときに、そんな事している暇があると思うか!」
「時間があったらやるのかしら!?」
「人の揚げ足を取るかおのれは!」
 ブラウザの地図を見ていたエメラルダスが二人の中に割って入った。
「ちょっと待ちなさいメーテル!」
「エメラルダスは黙ってっていってるでしょ!!」
「だから、違うのよ。鉄郎は、ずっと私と一緒だったの。私の買い物の手伝いをしてくれていたのよ。鉄郎を庇い立てするのでもなんでもないわ。事実よ」
「そうだよ!大体人に理由も聞かずに頭ごなしに罵りやがって。アホか君は!!」
「何ですって!!」
「やめなさいっ!!二人とも!!」
 鉄郎に掴みかからん勢いのメーテルをエメラルダスはソファに引き戻すと二人の間に立った。
「とにかく・・」大きく溜息をついて二人を見渡した。
「メーテルには私からも連絡を入れておくべきだったわね。ごめんなさい。」
「あなたが誤ることは無いわ・・」とメーテル。
「ここまでこじれてしまうとは想像つかなかったけど、互いに軽率だったわね。メーテルは、まず酔いを醒ます必要があるわ。情緒不安定で我が強く出て、酷く頑なになっているときは、貴女が酔いつぶれているときの典型的な姿よ。鉄郎、こうなっているときは、彼女は何を言ってもダメ。一晩よく眠ってから話し合うことね。それから鉄郎は電話を返さなかったことをメーテルに誤りなさい。」
「ああ・・・悪かったよ。誤る・・・」 
 二人とも、まだそっぽを向いていた。
「・・・そもそも、本来のケンカの原因は、何だったの?」
「風呂!」「お風呂よ」 
 向き合った二人の声が重なった。
「・・・・なに、それ・・・?」

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