ざくろ石を食べる。 4
ナカザワの母が、それを見て立っている。
御用聞きの声がする。
御用聞き「ナカザワさん、ナカザワさん。」
ナカザワの手がビクッと止まる。
母、慌ててソデに入ると、御用聞きを連れて来る。
母 「あの、こんなこと、なんなんですけど、本当にすみません。
でも、あの、どうしても、なんだか不憫で・・。あの!」
御用 「はい・・?」
母 「絶対に・・!」
御用 「・・あ・・もちろんス、俺、アレですから、・・大丈夫です。」
母 「ごめんなさいね。けど三河屋さん、石好きだっていうし、会話もはずむかしらなんて・・
はずまないのよ、はずめないの。・・あ・・ごめんなさい。逢うだけでいいの。
ちらっと見てやってね、それだけで・・きっと・・。 あの、でも・・。」
御用 「中沢さん、俺、ホントに大丈夫っスから。ご近所に言いふらしたりできない人だから。
俺、わりかしボランティアとかも興味あるし・・。」
母 「ごめんなさいね・・。じゃ、いくわね。 あッあの!」
御用 「はい。」
母 「・・・奥さんって呼んでちょうだい。」
御用 「は?」
母 「奥さんって呼んでちょうだい。あの子の前では・・『中沢さん』って私のこと呼ばないでほしいの。」
御用 「・・・奥さん。」
母 「はい。 あのね『中沢さん』っていうのはあの子なの。あ、私も中沢なんですけど、
もちろんふたりとも中沢なんですけど・・その・・あの子、名前ないんです。」
御用 「名前・・ないって・・え、あの・・」
母 「つけてないんです。まだ。 すぐ死んじゃうと思ったんですもの。あんな・・。
生きられるハズないじゃないですか。あんな・・。名前つけたってねぇ・・悲しいだけじゃありませんか。
氏名なんていらないんですよ、あの子には。あの子にあるのは氏(死)だけなんです。
名(命)なんてなかったんです。最初から。あんな・・・(泣く)」
御用 「奥さん。俺、どんなんでも平気ですから。」
母 「それなのに、なんだかいっぱい生きちゃって。
『中沢さん』って呼んでるんですよ。・・なんかアレよね・・サン・・なんて他人行儀で・・
でも私ですから、中沢さんて私ですから。あの子のこと呼ぶ度にね、あぁ私なんだわって・・。」
御用 「見ます。俺、なんかよくわかんないけど、奥さんそうして欲しいんなら、俺その中沢さんに逢います。」
母 「・・びっくりしちゃうわよ。」
御用 「・・(ゴクッ)・・男っスから・・大丈夫っス。」
母と三河屋はナカザワを見る。
ナカザワは目を見開いて驚いている。
はじめて母以外に見る人間。
石のように 動けず 言葉を失くす三河屋。
御用 「------可哀想に-----。」
その言葉にナカザワはすごい勢いでハンコを押す。
ガンガン押しまくる。
母 「中沢さん、中沢さん、こっちを見て、この人よ。さぁ、呼んでやってください。」
御用 「な、中沢さん。」
ナカザワの手が止まる。
母 「いつもあなたを呼んでいたのはこの人なのよ。『中沢さ〜ん、御用はありませんか〜』って
あなたに呼びかけてくれてたのは、この人なのよ。」
ナカザワ、御用聞きを見る。
母 「石!石を持ってきてくれたのよ。中沢さんも、石、好きでしょ?ホラ、大事にしてるでしょ?
あの、ほら、このくらいの・・堅い・・」
ナカザワ、石を取り出す。
母 「それよ、それが石よ。この人もね、中沢さんと同じなの。石が好きなんですって。よかったわね。」
御用 「あ、これ、あげます。これFLUORITE 蛍石っていう石で、熱くすると光るんですよ。
スッゲきれいだから。俺けっこうこのままでもキレイだなって思ったりするんだけど、
ね、ホラ、これ。俺、大事にしてたヤツだから。・・・あ、アメリカだから、採れた所、アリゾナかどっか。
知ってるかな、アメリカ、海の向こう・・。遠い所。・・・ごめん、知らないよな。」
ナカザワ自分の石を握って声をあげる。
うーうーうー!大きな声。感情だけの声。
音楽が入ってくる。
御用聞き、石を差し出す。
ナカザワ見ている。うーうーうー。
母 「遠い所・・・。」
踊る人たちが出てくる。
踊る人「動いてー、動いてー、動いてー、動いてー」
母 「遠い所・・・。」
踊る人「はい、止まるー。」
踊る人たち、石のように止まる。
母 「月!月なら知ってます。よく窓から、あの窓から見ているから。」
御用 「月の石。月の石みたいだろ?月の石なんだよ、これ。」
ナカザワ、石を受け取る。
石を感じて、ヴーヴーうなる。
御用 「すごいだろ。きれいだろ。光るんだよ。その石光るんだよ。
中沢さんにあげる。元気出しなよ。」
ナカザワ、ヴオ〜〜!と叫ぶ。
踊る人 「はーい、OK。止まる方が大変でしょう?結構力いるわねー。
さぁ、動きましょう。動いてー、動いてー、動いてー、動いてー」
御用 「石もさ、生きてんだよね。エネルギーあるじゃん。俺、生き物だと思うんだよね。
握ってるとさ、何かくるじゃん。伝わるよな。止まってるだけなんだよな。」
ナカザワ、「うーうー」うなづく。
踊る人たち、ハーッハーッと息でリズムを取る。
ナカザワ、何かいいたげに「うーはー、うーはー」いう。
しゃべる人が出てくる。
しゃべる人 「しゃべっていると口がいろいろ動く。
Aを出そうとするとBとなり、Uの音が出ない。BとPは急に口が開くので、唇は完全に閉じる。
舌先が歯茎にぶつかり震える。Rも舌先が震えるが前でまるまり元に戻る。
Lは下唇の両側を広く、Wは下唇が上の歯に近づく。
口腔の各部分が様々に動く。各部分とは、唇、歯、歯茎、口蓋である。
小舌根の硬い器官や軟らかい器官、前・真ん中・後ろと弁別することのできる舌。
言語諸器官はまた口腔外にもある。その中には横隔膜運動で肺から上の部分の気管まで
出る息がある。息はのど仏にひっかかる。有声音はのど仏に発生するからだ。
のど仏の協力は重要だ。」
ナカザワ、再び叫ぶ。
しゃべる人も踊りの中に混じる。踊りが激しくなってゆく。単純で無秩序なバカバカしい振付で。
御用 「月とか星って、石とかモノのカタマリじゃん。
宇宙ってもさ、ちゃんと生まれるじゃん。ビッグバンは宇宙の誕生です!なんていうし・・。
ちょっと見、動かなくってもさ、ちゃんと生きてんだよね。意志あるんだよ。」
ナカザワ 「あ”あ”〜〜!」
御用聞きも踊り出す。踊る人の息と声「ああー、うっ」。ナカザワの息と声「あ”ー、ふーっ」。
やがてリズムの息が合い、原始の感情が嵐になってゆく。ナカザワ石を振って踊る。
母はそれを見ている。そして叫ぶ!
母 「好きなんです!!!」
全員、母を見て動きを止める。
母 「好きなんですよ!この子、あなたが好きなんです、恋してるんです。
わかるんです。私の産んだ子だもの、わかるんです。
『ナカザワさん』って呼ぶのは、私とあなただけなんですよ、誰とも会ったこともない。
だのに、声だけなのに、この子は恋してしまったんです。
『ナカザワさ〜ん、御用はありませんか〜?』
ドキドキしちゃうんですよ。今だって、今だって、ほら、ドキドキしてるんです!」
ナカザワ、電話帳のハンコ押しに戻る。
苦しそうにハァハァ押す。母以外全員、ナカザワを囲む。
全員 「ナカザワさん、ナカザワさん」
僧侶 「こりゃいかん、かなり危ないぞ。」
女 「この電話帳、最後のページだわ。」
母 「がんばったんです!一生懸命、がんばったんです!」
全員、顔を見合わせて、もう一度がんばって踊る。力を入れて踊る。
母も踊る。汗を飛ばして踊る。
ナカザワ、月の石をゆっくりと掲げる。
ナカザワ 「・・・・月が、・・月が欠けている。」
全員 「ナカザワさん。」
母 「月から見れば、地球もきっと欠けているのよ。」
ナカザワ、笑う。
最後のハンコを押して・・動かなくなる。
人々は踊り続ける。激しくなり、やがてゆっくりになり・・・止まる。
それらは倒れ、重なりあって、化石の山を作る。
バラバラと電話帳のページが舞う。「中沢」の印で真っ赤になった名前たちが風に踊る。
壁がくずれ落ちる!
一瞬の残像。ホコリのにおい。
闇。
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