2007年flower8月
インターネット法話

テレホン法話
0968-78-1333(毎月 1日、11日、21日更新)

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熊本県長洲町安正寺 住職 隈部 壽春


 八月はお盆。亡き人を思い、今を思い、行く末を思う。そこに人間のイノチがあります。過去、現在、未来。これが人間の計らいです。それはどこまでも人間の計らいを一歩も出る事は出来ません。人間の計らいは、間違いを間違いと知る事が出来ません。同じ事の繰り返し。これを流転と教えられます。広島、長崎の原爆を、「ショウガナイ」と発言する防衛庁長官、「ショウガナイ」と、再び実現しかねない心情が潜んでいる人間の計らいが表れています。広島原爆の碑に「二度と過ちは繰り返しません」と言う言葉も人間の計らいであった事は間違いありません。人間の計らいに立つ限り、同じ繰り返しになってしまいます。此処に責任を持った決断が必要になってきます。それが信心の問題です。親鸞聖人は一切の計らいを、弥陀の本願に頂くべし。と示されます。一心専念弥陀名号。煩悩の心に尋ねるのでは無くて、真実信心の如来のお心に耳を傾ける時、真實の心が輝き照らし、共に大悲し遇う世界が開かれて参ります。如来様はなによりも、殺生し合う世界を離れて、共に信じあえる浄土念仏の世界に今生まれよと願われます。