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2005年 8月
インターネット法話
テレホン法話
0968-78-1052(毎月 1日、11日、21日更新)
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いつでも どこでも だれでも 聞ける
電話のお話3分間
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熊本県長洲町安正寺 住職 隈部 壽春 |
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熱い夏の盛り、冷風を求めて、山へ海へ、また冷房の効いた場所を求めて人は動いて行きますが、心頭滅却すれば火もまた涼し。と言って織田信長の焼き討ちを受けて、焼ける本堂の中で生命を全うした僧侶がありますが、何時でも何処でも正しい精神の立脚地を持つ事が要求されますね。仏陀となられた釈尊が、説法の最初に述べられた言葉が「人の身の中に火が燃えている。世界もまた火の海である。燃える火を灯火に変えよ。灯火こそ世を救う、我は今その灯火を得たり。」その姿は、金色に輝く光そのものでした。これは大無量寿経の中の讃嘆の偈文に表はされたお心ですが、中国の曇鸞大師を讃えられた親鸞聖人のお歌に、「一切道俗もろともに、帰すべきところぞさらになき、安楽勧帰のこころざし、鸞師ひとりさだめたり」と、あります。一切道俗、すべての人達、老少善悪に関わらず、自己自身の最終的拠り所、「生死帰依」と言われます、人生全体を支えて、一切を意義あらしめ、安心して生涯を全う出来る世界こそ弥陀の浄土本願海であります。凡夫の世界は「我」の世界。浄土の世界は「無我」の世界。我の中に無我の世界を開いて下さるのが他力。他力は本願力。本願力は真実の精神力。不思議に思いがけなく浄土のイノチが感じられて来ます。それが如来様のお働きですね。無我と言うのは、凡夫煩悩の執着を離れると言う事で、離れしめて下さった如来様がお姿を表されます。そのおとずれがお念仏の声です。お念仏の声は如来のお声、如来のお声は如来様のお心からの声、大慈大悲の心と動きそのものでありますから、思わず知らず正しい道に立たせて頂く事が出来るんですね。その人を仏様は喜んで抱き取り、必ず護り通す。と働いて下さってありますから、安心して佛様と共に歩まして頂く事を決意するのがお盆であります。 |
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