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2004年 5月
インターネット法話
テレホン法話
0968-78-1333(毎月 1日、11日、21日更新)
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いつでも どこでも だれでも 聞ける
電話のお話3分間
このページからも どうぞお聞きください
熊本県長洲町安正寺 住職 隈部 壽春 |
早五月、新年度に入ってひと月、それぞれの位置にあって、それらしく歩みを始めた所ですが、新しい環境に戸惑いもあって、ストレスとやらで、一休みが必要になって来た所でしょうか。一休さんは、こんな唄を歌っています。
“タライからタライへ渡る一休み”一休さんは自分の名を詠みながら、人間の一生を唄になさったのです。一昔前までは、産湯も納棺前の体の湯浴みも、共にタライを使いましたね。タライで清め、次のタライまでが人の一生です。その間が一休みとゆう事ですが、一休みの一生を艱難辛苦の一生に塗り潰しているようですね。本願寺八代蓮如上人は(後生の一大事)と、おっしゃいます。後生と言う事に色んな考えがありますが、この一生の一休みの前後の生を後生と言い、私達には見えない世界ですが、実はこの世界こそ、一切を生み、一切を護り、一切を生まれさせんとして働き続ける阿弥陀の本願成就の世界の、お浄土であります。´後ろの正面ダーレ‘それは、お釈迦様ですね。では´まん前の正面ダーレ`それは阿弥陀如来様ですね。お釈迦様が出られたこの世に生を受け、真実の世界に眼を覚ます為に、ゆっくりと聞法に身を入れさせて頂く大事な大事な一生なんですね。 |
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