2002年flower11月
テレホン法話・インターネット法話
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熊本県長洲町安正寺 住職 隈部 壽春


 11月はお霜月,親鸞聖人の御正当、御正忌報恩講法要が京都の本願寺を始め全国真宗寺院で勤められますね。聖人90年の生涯は、諸天を初め、人の世、あらゆる生き物を問わず、天と地と宇宙に満ち満つる、真実の理と義と行を顕かにして下さったのでありましたね。29歳の時、ただ念仏の外に真実の道なしと説き示される法然上人の教えを身に受けて、その道が何故真実の道と言えるかと、聞思して、20年間の仏道を省みて、信知正受なさったのでした。
 雑行を棄てて本願に帰す。と宣言なさった所に浄土の真宗が開顕されたのですね。
 雑行と言うのは、我執の世界から出てくる考えと意見と行いですから、人間の思慮分別の全体を言いますね。では人間は考える事も行動する事もいらないのか、と言う疑問が出てきますが、そうではありません。実は、既に如来が思慮すべき事、実践すべき事を一、一に取り上げ既に実践された証しとして今、お念仏が私たちの耳を通して、命の底に響いてくる声、それが如来本願の御こころですね。本願こそ思慮分別の頂上であり、実践の極地ですから、唯念仏する所に人間の思慮分別と行動とを、真実なる方向へと向けさせて下さるのを回向と言いますね。
 親鸞聖人は浄土真宗を、西方の真実世界と、東方の不実世界とを自由に往還し、天の神も地の神も、悪魔も、悪鬼神も、ひれ伏して従い、護らずにおれない存在となって、一切が同心して、自然に成立している、浄土の佛国が働き出て下さるのですね。
 それを歎異抄には、念仏者は、無碍の一道なりと、示されます。
 念仏者は、如来と共なる日暮しを頂いていますから障りになるものは何もありませんね。