2002年flower4月
テレホン法話・インターネット法話
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熊本県長洲町安正寺 住職 隈部 壽春


 四月、年度始め、新学期、新たな思いを込めて出発の時ですね。それぞれ成長したでしょうか。四月一日は親鸞聖人の御誕生日です。そして八日は仏陀、釈迦牟尼世尊の降誕の日です。共に華開く季節、人間の花、信心の花を、共に御示しになった尊者の御誕生ですね。そして十五日は親鸞聖人が、教行信証制作の完了の日と頂いています。
 仏教三千年の歴史を通して、初めて顕らかになった釈尊教説の本義。それは、本願念仏の道でしたね。智を究めて行けば無智に至ります。悲を究めて行けば願に至ります。如来の5劫思惟は、大悲の極み本願を生み、大智の極みは、真言を生み出しました。それが南無阿弥陀仏の正覚大音と言われる御名号ですね。
 親鸞聖人は、摂取不捨の真言と仰せになります。三月法座の質疑に、摂取不捨の真言と、真言宗の真言と、どう違いますか、とありました。真言宗の真言は、秘密の言葉、聖者の言葉、凡夫には理解不能な言葉、三密の行業成就の人に通用する言葉であって、それでも尚、人である限り完全極致には至り得ないのですから、真言の名のみあって、言葉の実の成就には至り得ませんね。
 親鸞聖人が仰せになる真言は、如来如実の言葉が凡夫に届けられて、如来の大慈大悲の働きの智慧が、身と心の奥底に至り届いて下さる御言葉であって、如来真実の御心が、泥沼の中に咲く、白蓮華の如く、信心の智慧の華が開くのですね。そこには凡夫自力の行為は何一つ必要としません。
 既に真実の悟りが「正覚」として成就されているのですね。一切の諸佛がその功徳を誉め讃えずにおれない事を、釈迦牟尼世尊は自ら無上大利の功徳と讃嘆していらっしゃいます。真実を表わす言葉であり、真実そのものの用きの名でありますから、真言は御念仏の外にありません。