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2001年 8月
テレホン法話・インターネット法話
0968-78-1333
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電話のお話3分間
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熊本県長洲町安正寺 住職 隈部 壽春 |
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お盆、故郷は何処なりとも安らけき国。盂蘭盆経が日本に伝わって盂蘭盆、お盆が勤められるようになりました。でも日本には古くから御先祖を敬い祭り、世の安泰と、身の幸福を願う心根がありました。 その思いを的確に示したのが盂蘭盆経だったのですね。でも、もともとウルランバーナと言う言葉は、逆さまになった苦しみと言う事で真実の道理に反した思いと行いによってその人その人の苦しみがあると言う事を教えているのです。弥陀の本願と言う事が教えられますが、阿弥陀と言う事は自然の働きを示します。親鸞聖人は、阿弥陀仏と言うは自然の様を知らせる言葉であると教えていらっしゃいます。言葉と言う物は、ある物を知らせる働きを持っています。心の中の思いを知らせるのも言葉ですが、物事を指し示すのも名と言う言葉です。でも名は物その物ではありません。盛んに燃える火と言っても、口の中が焼ける心配はありません。火と言う名と火その物は離れていてひとつにはなりません。でも南無阿弥陀仏と言う名は、名その物が働きをもっています。いわゆる名体不離(ミョウタイフリ)と言って、名とその物とが一つであって離れる事がないと言う事ですね。南無阿弥陀仏は本願成就の仏様です。一人残らず全ての人を明るく安らかに力強く生きて行く人としたいと、自らその名となりその願いその物となって働き続けていらっしゃいますし、我が身と、願いと、実践の、名としたいと言うのがまた、南無阿弥陀仏の本願でもありました。 |
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