2001年flower6月
テレホン法話・インターネット法話
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熊本県長洲町安正寺 住職 隈部 壽春


 6月を水無月といいますね。水無し月とはチョット変ですね。梅雨に入って雨が続きます。雨が無ければ田植えが出来ません。実は水の月と言う事なんだそうです。水の月を水無月と書き読んだのですね。 水の月、水無しには生きられません。断水、脱水、それは危険です。人間の体は80パーセントが水分と言われています。水分無しで身体は成立しません。そして人間の始まりは産湯、最後は体を水で拭きます。それと同じように、心に水を注ぐ事が大事なんですが誰も気づきませんね。お釈迦さまがお生まれになった時、空から天女が舞い降り雨が降り、お釈迦様のお体を洗って差し上げた。とありますが、その雨を甘露の法雨「カンロノホウウ」と言って、4月8日のお釈迦様の御誕生日には、小さな誕生佛の御身の上から甘茶をお掛けするんですね。人間には水は欠かせないがもっと大事なのは法の水を心に戴く事が大事な事で、法の水無しでは人としての生き方は不可能である事を知らなければなりませんね、安正寺の先代慈明師が病に伏して歌った句に「人恋しただやるせなく人恋し、胸に命の水、涸れし身は」これは唯平凡な恋情をうたったのでは無く、深い深い人間への愛、やるせない弥陀の大慈悲、枯れ果てた身と心に、蘇らせる法の水を受け取ってほしいと言う阿弥陀仏の心、お念仏に共に生きたいと言う切なる願を呼びかけている歌なんですね。海底の深層水が持て囃されていますが、生命の中に流れている南無阿弥陀仏の法水をたっぷりと戴きまし ょう。真実に生きる為に。