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2001年 1月
テレホン法話・インターネット法話
0968-78-1333
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いつでも どこでも だれでも 聞ける
電話のお話3分間
このページからも どうぞお聞きください
熊本県長洲町安正寺 住職 隈部 壽春 |
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明けまして御目出度う御座います。2001年21世紀の幕開けですね。いつも変わらぬ新しい年を戴きながら、いい年悪い年と、勝手なことを言いながら、過ごさせて戴きましたね。人間の考えている事は、いつも我を是とし、彼を非とする物の外にありませんね。その中で親が子を思う心に勝る心はありませんが、この頃のお父さん、お母さんは、どうしたんでしょうか。タッタ五カ月にもならない、生まれたばかりの赤チャンを泣き止まないからと言って、投げつけて命終わらせるとは、なんと悲しい出来事ではないでしょうか。キリスト教では、始めに言葉ありき、と教えています。仏教では始めに南無阿弥陀仏ありと、教えています。つまり、人は言葉によって人間になって行くんです。巷に溢れる言葉、それは、地獄、餓鬼、畜生と言われる三悪道の世界の言葉の外にありません。憎しみと憎悪と排他と誹謗と、人間を暗黒の世界に落とし込む言葉に満ち満ちて居ればこそ、それらの言葉に育てられた人間はそれらの世界に生きる人間とならざるを得ません。
その暗黒の世界に生きる人間に光りをもたらす言葉それは、仏陀の言葉の外にありません。20世紀は人間の言葉にのみ重きを置き、人間の我欲中心の思想に動かされた時代でした。世界中が自我中心の高波の渦に巻き込まれて、静まる道を知りません。「静まれ静まれこの紋所が目に入らぬか」は通用しませんね。一人一人の心の奥底に永遠真実の光りを灯す外に道はありませんね。人間世界を光りある世界にするには、一人一人の心の開眼を待つ外にありません。それには光りの言葉、南無阿弥陀仏を耳に聞き、その謂れを心に戴く時、日や月を超えた光りが心に輝き、その光りが常に今まで照らし続けられていた事に気づく時、その深い慈悲の心に育てられて、人間のあるべき思いの世界が開かれて来ます。そして自ずから静まり、そこに荒波の世界が閉ざされ、正しい道が開かれて、明けまして御目出度う御座います。と言える明るい21世紀が開かれてくる事は間違いありませんね。今年も宜しくお願い致します。 |
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