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      2024.7.1  第44願 具足德本の願(ぐそくとくほんのがん)
      2024.7.1  暮らしの中の仏教語 「利益(りやく)」
    
               
       

     ぐそくとくほん
第44願 具足德本の願

 たとい我、仏を得んに、他方国土の諸々の菩薩衆、わが名字を聞きて、歓喜踊躍し、菩薩行を修して徳本を具足せん、
もししからずば、正覚を取らじ。


[大意] もしも私が仏になろうとしたときに他方の国の菩薩方が、私の名を聞けば、喜んで菩薩の行にはげみ、善根や功徳をその身に備えるでしょうそうでなかったならば、私は決してさとりを開きません。


 この第四十四願の願いとは、ひと言でいえば、他方国土の菩薩方が、名号(法)を聞く利益をもって、喜んで六度(六種)の行(菩薩行)を修め、さまざまな功徳を積んで、成仏するまで、後戻りすることのないことを願ったものです。

 ここにある「他方の国土の菩薩方」とは、「他方」とあるように、長い間、道を求めながら、真実の法にあうことができず、迷いの中に生きる人、といってもいいと思います。親鸞聖人は大乗仏教が説く、自利(私の救い)と利他(他者の救い)という二面性を人間の救いの根本にかかげた方です。私ひとりの救いではない。私の救いはあなたの救いと直結しているという仏道に生きた方です。往相(浄土に生まれて仏に成る)と還相(仏に成ると他を救うはたらきが具わる)を熱心に説くのも、この意味だと思います。まさに親鸞聖人は大乗菩薩道を生ききった、菩薩、信心の行者であったのです。 多くの著述の中に、有情利益(生きとし生ける者の救い)、衆生利益の語が見られるのも、そのことを如実に示しています。

 第四十四願には、「私の名を聞けば、喜んで菩薩行に励み」とあります。「菩薩の行」とは、六つの実践行をいいます。布施(与える幸せ)、持戒(自分のいのちと他のいのちを大切に)、忍辱(他のためにたえること)、精進(ひたむきに歩く)、禅定(平静心)、智慧(自分と他人を分別しない)。この六つの実践によってさとりを開くことから、これを「六波羅蜜(はらみつ)」といいます。波羅蜜(はらみつ)とは「浄土に到る」という意味です。
 
つまり「私の名(号)」を聞く者はこのような実践行を修めた者と等しく、善根功徳を身につけ、仏になることができると説かれるのです。

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