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      2022.8.1  第21願 三十二相の願(さんじゅうにそうのがん)
      2022.8.1  暮らしの仏教語 「愚痴(ぐち)

   
       

第21願 三十二相の
たとい我、仏を得んに、国の中の人天、悉く三十二大人相を成満せずば、正覚をと取らじ。

[大意]もし、わたしが仏になるとき、私の国の天人や人々がすべて、仏の身にそなわる三十二種類のすぐれた特徴を欠けることなくそなえないようなら、わたしは決してさとりを開きません。


  大人というのは仏さまのことで、大人相とは仏さまの姿かたちが、三十二通りもあるということです。それは仏身がそのまま仏徳を表し、法(さとり)の内容を示して、顔、手足、全身が全知全能の慈悲の姿を現しているということです。もちろん、法も仏身も、人間の目に見えるものではありませんから、仏像はあくまでも経典の記述にもとづいて、人体になぞらえて表現された象徴です。
 例えば、仏さまの足の裏が平ら(偏平足)であり、常に大地をしっかり踏みしめています(足安平相)。私たちは平常心などといっても、いつも状況に引きずられています。そのような不安定な姿ではなく、智慧を身に着けた者の不動のすがたを表しています。また、手や指がきめ細やかで長く、手や足の間に網のようなものであると言われています(手足指縵網相)。これは、あらゆる人々をもらさず救うという仏さまの慈悲のはたらきを象徴しています。この様に、三十二相は信心に生きる人々のすがたを示されたものです。
 親鸞聖人は、「信心の人は如来とひとし」(御消息集)とたたえられました。信心はそのような人を生み出すのです。二十一願はそのことを誓われたものです。
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盂蘭盆会法要■
 8月14~15日  午後1時 勤行・法話
『歎異抄』に学ぶ