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      2020.11.1  納骨堂新設/オンライン法事
      2020.11.1  暮らしの仏教語「玄関(げんかん)」
 

佛の心に出遇う
 人間の「願い」、願望や請願は、もともと迷いの心、貪欲でわがままな欲望の心から出たものですから、それらをいかに満足させても、清らかな悟りに至ることは不可能で、自力の信心によって救われることはできません。
 こうした人間の心を見ぬいてくださった仏さまは、迷いの人間を救うためには、阿弥陀仏の心を人びとに与え、「他力の信心」によって人びとを救うほかはないことを示されました。「他力の信心」をいただくことによって、凡夫の往生・成仏がかなうと教えられました。
 どうすれば信心がいただけるのか。その答えは「仏さまのこころである、ご本願に遇うこと」です。ご本願は、阿弥陀仏が、わたしたち凡夫を救うために、お誓いになった願いであり、この本願が完成して、阿弥陀仏という仏さまに成られたのです。ですから、ご本願は、阿弥陀仏の心であり、いのちであり、名号であり、そして信心そのものです。ご本願を抜きにして名号も信心もありませんし、浄土真宗の教えも成り立ちません。正信偈の中で、親鸞聖人は「釈迦牟尼如来がこの世に出生されたのは、ただ阿弥陀の本願をわたしたちに説くためであった」とお書きになり、わたしたちが信心をいただくには、「阿弥陀仏の本願のおこころを詳しく聞くこと、うなづく事ができるまで聞かせていただくこと」が必要だとお示しくださいました。

 そこで、来月号から、この本願(48の本願)を一つ一ついただいて行きたいと思います。
法座のご案内
定例法座■
11月22日 午後一時 勤行・法話
『歎異抄』に学ぶ