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      2021.2.1  第三願 悉皆金色の願
       

第三願 悉皆金色の願
 設い我、仏を得んに、国の中の人天、
ことごとく真金色ならずんば、正覚を取らじ。


[大意] もし、わたしが仏になるとき、わたしの国の天人や人々がすべて金色に輝く身となることがないようなら、わたしは決してさとりを開きません。


 さきの第一願と第二願では三悪道(地獄、餓鬼、畜生)という苦の境界からの解放が誓われました。そして、第三願では「すべての者がみなことごとく金色でなかったならば仏にならない」と示されています。皮膚の色からくる民族の差別、階級の差別のない国を作りたいという願いです。親鸞聖人は『唯信鈔文意(ゆいしんしょうもんい)』に「いし・かわら・つぶてのごとくなるわれらなり」という言葉をのこされています。私たちのいのちは、たとえ三悪道がなくても、輝くいのちになることは少なく、よほど恵まれた人は輝くいのちを得ることもありますが、大概はくすぶり、雑草のごとく生きています。そういういのちを皆平等に光り輝くいのちにしたいという願いです。親鸞聖人の言葉でいえば、群萌、群生といわれる衆生のいのちが皆平等に光り輝く、全部が瓦になるのではなく、皆が同じように光るという願いです。『仏説阿弥陀経』に浄土では「青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光」と、色はそれぞれ違いながら皆それぞれが輝いていると説かれています。真に存在を大切にする場所、真にその存在が尊さを回復してくる場所、そういう国でありたい。比較相対して光る存在と光らない存在があるというのではなく、皆同じように金色に輝いて欲しい。私たちの生きている世界は、無数の色々の形の差別があり、差別の上に人間を痛めつけ、人間の存在の意味を覆ってしまいます。それぞれが、皆同じ真金色に輝く差別のない国を作たい、これが第三願で誓われている願いです。

法座のご案内
涅槃会法要■
2月21日 午後1時~3時 勤行・法話
『歎異抄』に学ぶ