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熊本県長洲町安正寺
エコウ2月号第374号
2007年2月1日発行
出離の強縁
涅槃への道
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| 二月は仏教徒にとって、釈尊の本意を尋ねるべき最も大切な月でもあります。二月十五日は涅槃会、釈尊八十年の生涯を終え、涅槃へお入りになった日ですね。涅槃経には最後の釈尊の言葉として、「阿闍世の為に、涅槃に入らず」と残されています。阿闍世は王舎城の皇太子、次代の王として大事に育てられた疑いを知らぬ好青年、長じて王位を継ぐべき年齢に達した頃、提婆と言う、釈尊の従兄弟の口車に乗って王の命を取り、皇后の母親までも牢獄に閉じ込め王の位に立った時、身の病と心の病に、自身の悪業に攻められ、途方に暮れた時、善知識の言葉に出会う。「あ〃貴方は今人間になられました。「慙愧(ザンキ)有るをもって人と名ずく、慙愧無きをもって人と名ずけず。貴方は今慙愧していらっしゃいます。人となった以上今こそ仏法を聞くべきです。仏法を知らずして人間とは言えません。何故なら、仏法はまともな人間を生み出す法則だからです。今その仏法を、世尊仏陀が説法していらっしゃいます。直ぐにでもお出かけ下さい。お供致しましょう。」その時どこからか声がして(そのとおり、直ぐに出かけなさい)その声こそ阿闍世に殺された父大王の声でした。大王は生前仏法を聴聞し、牢獄の中にあっても心身穏やかに法を聞き潔斎して法の中に命を終えました。仏法は身と心を整える大いなる力を持っています。釈尊の前に座った阿闍世はじっと聞き入りました。釈尊の「阿闍世大王よ」の声に目が覚めました。沢山の人達が聞いていたので、その中の一人として聞いていた阿闍世に、釈尊自身から名指しされて始めて自分の為の説法であったかとしらされて、自分を見抜いた上での自分の為の説法であったかと驚くと共に、あ〃ここに私の道が説かれてあった。全身で受け取れる道があった、との確信を得たのでした。全ては見抜かれていた。何も隠すことは無い。昔、「天知る、地知る、我知る」といって、何も隠せるもので無いと言う事、と共に、そうで有ればこそ、尚更その人の為に、仏様はいらっしゃった。との思いの中に安心の世界があったのです。「大王よ、貴方の罪は私の罪です。罪は正道を知らない所から発生して来ます。正しい道は「自利、利他、円満。」(ジリリタエンマン)自分も他人も慶びの中に生きる事の実践。それに反した生活こそ人間の現状ではないか。本当に必要なのは、八萬四千と言われる人間の心の内容と動きの実態、実はその事を隈なく示されたのが仏陀の教えでありました。だから、仏陀は亡くなる寸前に「阿闍世の為に、涅槃に入らず:」とおっしゃったのです。「阿闍世とは何か、それは未来一切の義理人情で苦しみ悩みもがいて生きる人の為に法の教えを説き伝えずにおかない、と言う願いの命になって下さったのが、涅槃に入って入らず。涅槃のまま涅槃への働きとして今いらっしゃる姿こそ仏法そのものであります。昨年の十一月、長崎の報恩講法要に御縁をいただき、法座の後、御婦人がいらっしゃって、あれから三十年になります。先生の御縁に遇って、あ〃この教えこそ生涯聞いて行かなければならない道と戴き、早速帰敬式をお受けして聞法生活に入らせて頂き今日を喜ばせて頂いています。と言う事でした。同じく十二月日豊教区の四日市別院のの御縁を頂きましたが、確か二回目。何年前だったか思い出せず、法話を終えて部屋に尋ねて来られた御婦人。あれから十五年になります。丁度十五年前、先生の御法話にお会いしたのは、私のお寺の御門徒の御かみそりを受ける人達を車に乗せて別院にお参りさせて頂いた時でした。その頃お寺にお嫁にきた間も無くの事でお寺の生活に一抹の不安を抱えていましたが、お話を聞かせて頂いて、あ〃これで坊守としてやって行けると言う覚悟を頂いて今日またお会いする事が出来ました。と言う言葉に一回目は十五年前であったかと知らされ懐かしさと共に、世尊の仏法と弥陀の願力の営みこそ涅槃から涅槃への道と知らされました。 |
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