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熊本県長洲町安正寺
エコウ11月号第312号
2001年12月1日発行
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念仏の大道
念仏は真実の人を確保する
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念仏は生命の根源 壽の底からのメッセージ
光陰矢の如し。と言う言葉がありますが、月日のたつのは速いもので、12月の師走を迎えましたね。年を重ねれば、愈愈一年の経過が早くなってきます。ツルベ落としというようにアット言うまに時節は過ぎて行きます。一年の締めくくりって出来るものでしょうか。蓮如上人がお文に、一生過ぎやすし、誰か百年の形体を保つべきや。と、あります。畢竟一日一日を締めくくるほかにないようですね。 仏教。お釈迦様の教えは、精進にあります。最後の遺言に、怠ることなく精進せよ。と、ありました。一年も一日も、うっかりしていると、空しく過ぎてしまいます。
お釈迦様の一生を、八つに分けて教えられます。1に降神、2に入胎、3に出胎、4に出家、5に降魔、6に成道、7に転法輪、8に入涅槃。降神は自意識の発生。入胎は母体に入る事。出胎は誕生。出家は求道を表わします。人間の中から自然識が誕生し、古い体質から抜け出し、新しい世界の探求への出発を表わします。降魔は人間を苦悩せしめる正体の発見、そこで自然識を確認することとなります。それが成道で、道の確認です。道は人としての道。社会人としての道。前に生まれた人の道。後に生まれた人の道。ここに共に生きる道が確立されます。そしてその道を実践し、実践を伴って生きることの証明を、ご縁ある人達と共に同行する、それが転法輪であります。それがそのまま、自然識に還って行く入涅槃となります。浄土真宗を顕開された親鸞聖人も同じように八つの世界を通って行かれました。承安3年4月1日、日野の里にお生まれになり、4才で父親に別れ、8才で母親を失い、9才で出家されましたに浮かびます。20年間の比叡山での修道は真実の道探求にありました。自我意識と自然識との考察、生命をかけてす。求めて一時もゆるがせにせず、釈尊の遺言そのまま聖徳太子ニ才の合掌像と親鸞聖人出家の像が重なって瞼にうかびます。20年間の比叡山での修道は真実の道の探求にありました。自我意識と自然識との考察に全生命をかけられます。釈尊の遺言そのままに精進されて、ついに唯念仏と言う法然上人の教言に遇われました。しかしその念仏が口称である限り、一人一人の思いが加わって差異が生まれます。それでは各別の行となって、個人的行となり、不足不満競争の発生源となり、救いからは離散してしまいます。<念>は純一主宰(ジュンイツシュサイ)の精神を示しますから,凡夫の心ではありません。仏心であれば、佛念と言うべきです。しかし佛念は、人々の念仏によって成就します。念仏は生命の根源の核である、<壽>なるいのちの願意であったと頂戴し、雑行を棄てて本願に帰す。と、真実の宗教、本願の宗教、念仏の宗教を顕開して、浄土の真宗と示されました。いわゆる念仏は、南無阿弥陀仏であり、正念であって真実の精神そのものであります。お正信偈には、本願名号正定業と記され、念仏は本願そのもののはたらきを表わします。この信この行のほかに<壽>はありません。各々別々の命の中に変わり無き同一の壽が有りますから、四海の中、皆兄弟姉妹であって同じ<壽>の共同体の自識なくして、世界の平和は成立しないでしょう。
念佛は人間ばかりではなく、目に見えない生物、魚、鳥、動物、植物、有機、無機、一切の存在の中に働いている力<シャクテイ>が、阿弥陀の本願であります。阿弥陀と言う言葉は全存在を抱擁し、浸透している唯一の心識です。それを経典には、<神識>と記されています。
親鸞聖人はそれを勅命と頂かれました。
念仏はその勅命が声となられた相を表わします。念仏を聞き,念仏を称え、念仏に生きる時、命が壽に帰命し、命の根源に帰って安立し、壽は命を迎えて一心の世界を現出します。それを信心歓喜と経典には述べられます。信は佛の心であり、心は凡夫の心であって、
信心は仏心と凡心とが、あい照らしあって一つになった所に壽命の完成があり、
自然識と自意識とが一心として成立し、真実如来の世界が開かれて、往生の生活が始まります。それを、即得往生と言い、念仏の大道と申します。
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