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熊本県長洲町安正寺

エコウ3月号第303号
2001年3月1日発行

念仏の大道
念仏は真実の人を確保する

 

 二月の月を終えて、春三月お彼岸の季節を迎へました。春秋のお彼岸は、ともに厳しい冬と夏を過ぎて迎へる季節でもあります。彼岸は彼の世界であり、その世界を思い見る世界は此の岸であります。此の岸は厳しい世界であり、彼の岸はまだ見ぬ美しい憧れの世界でもありますが、実はその彼の世界こそ最も厳しい世界であるとも言えるでしょう。冬来りなば春遠からじとか、癒し慰めを求める今日ですが、此の岸にある限り厳しさを離れる事は出来ません。人生は苦なり、一切皆苦、とインドのお釈迦様はおっしゃいます。この世に苦悩無き所は無く、心安らぐ所は何処にも無いと中国の善導大師はおっしゃいます。日本の親鸞聖人はこの世に苦悩無き所は無く、また心安んずる所は此処より外に有る事は無し、とはっきりとお示しになりました。いわゆる仏教がインドに於いてお釈迦様が開示されてから中国日本と伝導されて三千年、唯念仏して助けられる浄土宗が日本の法然上人に依って開かれ、老いも若きも男子も女人も今日只今を生き切る庶民大衆の仏道が開かれましたが、旧仏教体制からの反発と縦社会の秩序を保とうとする旧体制からの攻撃に依って念仏の教団は解散を命じられ、法然、親鸞の二人は四国の土佐、北国の越後へと流罪が施行されました。そして目の前で同門の住蓮と安楽の二人の僧が加茂の河原で打ち首の処刑を受けて、撥ねられた首二つはいつまでもお念仏の口の動きは止まらなかったのを見とどけられたのが越後への流罪を受けられた親鸞聖人でした。時に二月九日の日でした。何という愚かな事を仕出かす権力者か、キリスト者はそんな時、最後の祈りを行う、神ょ許し給え彼は今何をなしてあるか知らざればなり。親鸞聖人はその時から本願念仏の教行信証の徹底的究明にに命を燃やし続けられます。法然上人と親鸞聖人は二月二十八日土佐の国と越後北と南に引き裂かれ再び二度と会い合う事の無い別れとなっても尚念仏こそ真の仏道である事の解明への使命を仏恩師恩に報ゆる道と生きて行かれました。一人も漏らさず速やかに完全に救われる道はお念仏の他に無い、その事は詳しく師法然上人が述べられた如く比叡山の座主との問答にも示されるように、愚痴無知の弱者が権力者の囲みの中で歓んで生き切る行こそ大自然の命の発露である名告、名告り真実精神の確認の声が念仏、南無阿弥陀仏です。お念仏には真実の精神、如来の本願が込められてあります。比叡山での二十年にわたる学問修行は真実の精神真実の実践を求めての厳しい道ではありましたが得られた物は、聖清を求めれば求める程、現実には俗濁をいやと言う程知らされるばかり。学も行も自身を越える事は出来ない。自身を極まりなく見つめて下さった教え、それは観無量壽経。無量壽仏観経とも戴かれます。人間は真実を求める所に命があります。それは今より、より以上の者へと指向し、それに答えて経典には九種類に分けて教えます。上上の人から上中、上下、中上、中中、中下、下上、下中、下下、下の下は無善造悪、善を求めて善を作し受け入れなければ怒りを作し自ら自分の善を壊して行く、一切が悲しくも善が悪となって向上の道は断たれて行く、然し其処に道が開かれて居た。最上無上の最尊第一と言われる仏阿弥陀仏が南無と一心の働きとして来て下さって今に十劫と言う永い時が経って居ると示される。それを阿弥陀如来と言い、如来の南無が私の南無となって下さって南無阿弥陀仏と私の中で本当の私となって下さる証明が南無阿弥陀仏のお念仏なんです。南無阿弥陀仏と言う仏様は、本師法王、諸仏を統べ収めて一人も漏らさず救うと言う大本願実現のため諸仏共々今現に働いて居られます。その声がお念仏ですね。お念仏は生ある全ての物を通して現に行じて居られます。この道こそ全人が明日を待たず今日只今人間生活を完成せしめる行であります。その事を親鸞聖人は教行信証の中に詳しく述べておられます。歎異抄の終わりに述べられる言葉、煩悩具足の凡夫火宅無常の世界、よろずのこと皆もってそらごとたわごと誠ある事無きに、唯念仏のみぞ真(マコト)にておわします。と述べられてあります。真実の信は南無阿弥陀仏、真実の行も南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏はお念仏。お念仏は真実の人を確保します。