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熊本県長洲町安正寺

エコウ12月号第288号
1999年12月1日発行

生死の問題

7部 全 連載 

 生の所、本堂を新築なさって大変だったでしょう。私の方もやっと落慶の法要を勤めましたが、門徒の中でも懇志を出さない者があって、何とか出してもらわないと不公平だ、と言って総代さんたちがヤアヤア言って大変です。と、おっしゃるんですね。アーそうですか、私の方も何人かの方が出してもらえないんですが、それは懇志ですから無理にと言う事はできないでしょう。心の問題ですから、その人その人の意志で行動する事が大事ですね。たとえ出して頂けなくても、それは私の知らない過去に、お寺の為に随分出して頂いて居て、今回は出さなくて良いという時に来て居るんだろうと思っておりますから別にどうと言う思いはありませんね。でも後で、大変遅くなりました。と言って届けて下さる方もありますね。すべてこれ御縁の問題ですね。仏様が チャンと見て下さってありますからね、 御縁におまかせしておれば良いでしょう。一人一人の業の世界ですから、それぞれ自らの行為が自分自身を作って行くんですから、一人一人の責任ですね。お蔭様で仏様の念力で完成させて頂いたんですね。有り難い事です。無碍の一道なんですね。それは、何処から出てくるかと言いますと、阿弥陀の本願から出てくるんです。真のシャクティ、勢力私を生かしている真の生命、壽(イノチ)ですね。壽に従って生きよ。これが本願の働きです。これが阿弥陀の本願、第十八願で仏性と言います。有るのは仏性と、道元禅師はおっしゃいますね。龍樹大師がお示しになる様に、悉能摧破有無見。悉く有無の見を摧破する。有るとか無いとか言っている分別を捨てなさい、カルと言うお祖母さんが歌ってますね。己が分別キッバリやめて弥陀の思案にマカシャンセ。弥陀の思案、それは真実の思惟、真実の精神を表します。永い間求めに求めた真実の精神に巡り会った喜び、尊いお法(ミノリ)を聞く御縁を頂いた喜び、聞法こそ我がイノチ、水原ひろしさんが歌ってましたね、君こそ我がイノチ、我がイノチは真実の法則に乗託して生きる、真実の精神の力、それを、本願力と言うんですね。その力は、不可称・不可説・不可思議の功徳が回向されますね。そうだなあーと智恵の眼が開かれて、腹の底から力が込み上げて、立ち上がって歩く身となる。そこに今日お集まりの皆さんのように、開始時間三十分前には全員お揃いになって一通りの印刷物に眼を通して静かに待っていらっしゃる姿には、人間としての生き方を示していらっしゃるようでしたね。親鸞聖人が世の中安穏なれ、仏法広まれかしと念ぜられた念力に動かされてある功徳の力を目の当たりにする思いでした。南無阿弥陀仏の名に込められてある本願。それは真実に生きよと念じ、真実そのものとなって、共に生きて居てくださる働きでですね。弥陀の本願の第十八願に至心信樂欲生我国。とありますが、至心は一心、信樂は真の喜び、欲生我国は、仏(私)と一緒に仏(私)の国に生きましょうと呼びかけるお働きですね。レジュメに五陰仮和合、認識と確信と書いて置きましたが、私達の身と言う物は、五つの働きの物が縁を得て和合し、仮に存在している身ですね。その縁の終わる時がくれば、解体して行くんですね。生まれたのは、身を受けたと言う事で、受身。死と言う事は、身の解体と言う事です。五陰と言うのは、色受想行識。いわゆる肉体と精神と言う事ですね。死と言う事によって体は解体し元に帰って行く、この身は宇宙全体に満ち満ちて居る仏性の壽(イノチ)の中に帰らして頂く、これを親鸞聖人は大涅槃を証するとお示しになるんです大涅槃。真実の生命の世界に帰らして頂く、真実に生きて、身の解体によって、永遠真実の生命を(無量壽)と言うんですね。無量壽は阿弥陀。阿弥陀の教えを頂いて、阿弥陀に生かされて行く身、茲に本当に生きる喜びがありますね。五体不満足と言う本が大変な部数の発行で、よく読まれておりますが、満足も不満足も、共に身の認識にあります。唯一絶対の身であって、どう取り替えようもありません。この身に於いて完成しています。掛け替えの無いこの身を十分生かしきって生きる。この身を通して真実の精神世界を認識して、味会う、そこに真実の生活がありますね。本願力に遇いぬれば、空しく過ぐる人ぞなき、功徳の宝海満ち満ちて、煩悩の濁水へだてなし。と親鸞聖人は歌っておられます。本願の教えに遇えば、本願精神に生かされて行く生かされる事に気づかされて、不思議にも尊い今日の日に巡り会うんですね。本願真実の壽(イノチ)に出遇えば生きて居る身である事を確認し、迷いの心、真実心無き心、虚仮不実の心に気づく時、生きていると言えない身、その身を抱き取って生かしめて下さるのが、証知生死即涅槃。煩悩具足の身を摂取して、南無阿彌陀仏の真実の精神に転じさせて下さる働き、いわゆる転悪成善悪を転じて善を成立させて下さる力(シャクティ)。推進員の皆さんが、その喜びの生活を証明して、欲生我国。こんな生活がありますよ。と、お示し下さる事が、仏様の御恩に報いる道であると思います。四月の後期教習に参加された方々が、宣誓文を読まれましたが、その中に、毎月の定例法座に参加して聞法生活の実践に勤めます。とありましたが、親鸞聖人はその事を住正定聚、必至滅度とお示しになり、清沢先生は、本願真実のみ教えを今実験中とおっしゃってますね。釈尊以来三千年、次々と本願の大道を自ら実践証明しながら、その歴史は親鸞聖人によって真実の教行信証としてお示し下さってあります。このご縁に遇う事が出来ました事は何よりの喜びでございます。有り難う御座いました