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※2000年春(高市調教師インタビュー) ーー「平松さとし競馬World」から引用ーー
藤澤和雄調教師が活躍しだして何年が経つだろうか。今年もその勢いはとどまるどころか、
むしろ更に増している印象すらある。では、この調教師という部門で、彼の独走はまだまだ続く
のだろうか。答えは分からない。ただし、彼の勢いが増せば増すほど、追従している若手調教
師たちの努力や研究も熱心になっていく。全ての調教師がそうであるとは言い切れないが、し
かし少なくとも今回取り上げる高市圭二調教師はそうである。妥当藤澤和厩舎に最も近い存在
の一人、高市調教師のこれまでの経歴、そして今後の目標。それらを今までの活躍馬やスタッ
フの育成といった背景から語ってもらおう。
――高市先生がこの世界に入って今年でもう何年目になるのでしょうか?
高市調教師(以下、高市) 中学を卒業してすぐにこの世界に入りました。それが昭和46年のこ
とですから、もうかれこれ30年近くなりますね。
――この世界に入るきっかけは何だったんですか?
高市 父親がハイヤーの運転手をしていて馬主さんなんかも乗せていたんですよ。それで荒木
調教師を紹介していただいて、そこで騎手候補生になったんです。
――騎手候補生といっても今とは随分と制度が違ったようですね?
高市 そうですね。短期と長期の候補生がいるんだけど私の同期は14人ぐらいいたかなぁ。同
じ候補生でも先輩の方がいたりして、だいたい50人ぐらいの候補生がいましたからね。
――正式に騎手になれたのはいつのことなんですか?
高市 昭和53年です。その後、平成2年に嶋田功厩舎の調教助手になりました。
――調教師になられたのは平成8年でしたね?
高市 はい。平成8年の3月1日付けで免許が交付され、その年の暮れに開業することになり
ました。
――ということは開業後、足かけ5年とは言え、実質的にはまだ3年ちょっとということですよね
ぇ?
高市 そうですね。
――とてもそれだけのキャリアとは信じられないほど最近の活躍は目覚ましいと思うのです
が?
高市 いえいえ、まだまだですよ。上に優秀な先生方が沢山おられますから。
――年々成績が上昇しているのは明らかで、そのためには色々と工夫もされていると察するこ
とができるのですが?
高市 とくに変わったことをしている気はありませんよ。つねに馬を優先に考えているだけで、
言ってみれば当たり前のことをしているだけですから。
――そうはおっしゃられますが、例えばブリンカーの装着なんかもわざわざ返し馬の後にゲート
の後ろで行ったりしていますよね。そこまで気を遣っている厩舎はあまりないと思うのですが?
高市 ブリンカーは常に着けていると効果が薄れてしまいますからね。調教の時も、ウォーミン
グアップで坂路を上る時は着けずに、ウッドチップコースに入る時、初めて装着するわけです。
そして、着けたらビシッと追って、追い切りが終わったらすぐに外してあげる。年がら年中着けて
いたら馬が慣れてしまいますからね。
――競馬の時も同様なわけですね?
高市 そうです。早めに着けておけば人間は楽かもしれない。だけど、パドックや返し馬の時か
ら着けていたら肝心の競馬の時に効果がなくなる可能性があるでしょう。だから返し馬が終わ
ってからゲートの後ろで着けてあげるんです。
――たとえどんな馬の時でもそうするわけですね?
高市 いえいえ、それが必ずしもそうとは限らないのが競馬の難しいところなんです。
――と、いいますと?
高市 例えばミヤギロドリゴという馬がいるんですけど、この馬なんかはゲートの後ろで着けさ
せようとすると興奮しすぎちゃうんです。こういう馬にも無理してそういう姿勢を続けることは逆効
果になりかねないわけです。だから馬や場合によっては装鞍場で着けた方がいい場合もある
わけです。
――なるほど、奥が深いですね。
高市 ただし、こういったケースでも着けている時間をなるべく短くする事には違いありません。
レースを終えたらすぐに外してあげるわけです。
――厩務員さんも休んでいる暇はないわけですね?
高市 うちの厩務員はブリンカーの装脱着に関係なくつねにゲートの後ろまで馬に着いていき
ます。少しでも馬が落ち着いてくれるのならそんなことぐらいは面倒なことでも何でもないです
からね。だいたい馬が一生懸命走ってくれている時に私たち人間のほうがのんびり休んでいる
わけにはいかないでしょう。
――そういう考えに基づいた行動の中からファストフレンドやビーマイナカヤマ、マンダリンスタ
ーといった重賞勝ち馬が次々と出てきたわけですね?
高市 ファストフレンドだって初めからあんなに走ってくれたわけではありませんからね。
――トモや腰も弱かったんですよね?
高市 そうそう。それとね何と言っても泣かされたのは飼い葉を食べない馬でね。だからなかな
か調教を強くできなくて、苦労したものですよ。
――飼い葉を食べさせるにあたってはどのような工夫をされたのですか?
高市 色々やりましたよ。ミキサーにかけて粉末状にして与えたりとか、3つぐらい飼い葉桶を
用意して、それぞれに別々の種類の飼い葉を入れてどれをよく食べるかを探ったりね。でも、最
終的には厩務員が手にとって口に持っていって、1時間以上つきっきりで食べさせたりしたもの
ですよ。
――そのお陰でもう少しでドゥバイWCに選出されるところまで出世したわけですね。こういう献
身的な努力は何もスターホースばかりが対象ではなく、例えばロードハイスピードなんかも大
変だったと思うのですが?
高市 あの馬は蹄葉炎になってしまいましたからね。
――競走馬云々という以前に生死の問題だったのではないかと予測できるのですが?
高市 その通りです。まず考えたのは何とかして命を助けてあげようということ。診療所の先生
方や装蹄師さんらと来る日も来る日も相談し、協力して何とか一命をとりとめたのです。
――結果的に競走馬として復帰できたわけですがどのあたりで復帰できると確信したのです
か?
高市 もしかしたら走らせられるかと思ったのは蹄葉炎を発症してから半年以上過ぎた後です
ね。その後もつねに慎重に時間をかけましたよ。放牧に出すにしても帰厩させるにしても調教を
再開するにしても、つねに1ヶ月以上遅らせる感じでやりました。今度何かあったら終わりです
からね。
――その結果、ただ戦列に復帰するだけでなく、見事に勝ってみせたわけですね。
高市 蹄葉炎からの復帰ということで前例がなかったですからね。皆の努力の結晶だと思いま
す。でも、未だに安心していられるわけではありませんからね。厩務員にしても毎日様々なチェ
ックを怠らないようにしてどんな小さな変化でも見落とさないように努力しています。
――そしてそれは今回例にあげたファストフレンドやロードハイスピードだけの話ではないので
すね?
高市 もちろんです。オープン馬だろうが下級条件の馬だろうが同じ1頭の馬には違いありませ
ん。つねに彼等のことを考えて行動するのは当然のことです。
――ところで先ほどからうかがっていると、スタッフの労働量が他の厩舎の平均値より明らかに
多いのではないかと思えるのですが、不平や不満を言う人は出てきませんか?
高市 開業時に皆が集まったところで『今まで他の厩舎でやっていた事は全て忘れて、これか
らスタートだと思ってやってください』と言うことを伝えたんですよ。
――とは言っても厩務員歴何十年という人もいたでしょうし、なかなかすぐに高市先生の言う通
りに従ったとは思えないのですが?
高市 そうですね(笑)。最初の頃は毎日ぶつかり合っては話し合ったモノです。
――毎月必ずミーティングをしていると言われてましたよね?
高市 はい。開業当初から必ず1開催終わるたびにスタッフ全員で集まってミーティングの場を
持っています。意見のある人はその場で言えばいいし、逆にその場で言えないようなことなら
後でゴチャゴチャ言ってはいけないという体制にしているんです。
―― まとまりが出たり、コミュニケーションがとれたりといった相乗効果もありそうですね。
高市 それはあるでしょうね。お陰で厩舎としての一体感が出てきたと思いますよ。
――そういう場で話し合われたことは記録としても残っているのですか?
高市 もちろんです。きちんと議事録を録って、いつでも読み返せるようにしてあります。そうす
ることによって『そんな話は聞いていない』というような事もなくなるし、忘れた事も思い出せま
すからね。
――今でも開催が終わる毎に集まっているのですか?
高市 当然続けていますよ。開催が終わった後ばかりでなく、ローカル開催の始まる前とかに
も行います。出張先で行わなければいけないこととかも、皆の前で確認するわけです。そうす
れば皆の頭の中に入るから、誰が出張することになってもスムーズに対処できるわけです。
――先生の下で働くスタッフにはどのようなホースマンになってほしいとお考えですか?
高市 どこの国に行っても恥ずかしくないような人になってほしいですね。例えばブラッシング1
つとってもそうです。ただ埃をとるだけじゃないんですよね。馬とスキンシップすることでコミュニ
ケーションをとったり、どういう方向にブラシを流せばリラックスできるかとか、怪我している箇所
はないかとか、そういうことも気にかけながら行わなくちゃいけない。欧米の人たちは自然とそ
ういうことができているんだけど、日本ではまだまだそういう事ができていない人が多いと思い
ますからね。
――そのあたり、欧米との差はまだまだ大きいですか?
高市 ジョッキーをみても分かるでしょう。デットーリが英国で1日に7鞍全て勝った時があった
でしょう。あの時、私はたまたま現地にいて全て観たけど、あれだけキチッと馬を誘導できる騎
手が日本にいるかと考えると、まだまだ差は大きいなって思いましたよ。
――なるほど。ところで、話は変わりますがデビュー前の若駒に関してはどうでしょう。入厩して
からデビューまでの間に最も気をつけることといったらどんなことでしょうか?
高市 まず入厩する前の牧場にいる段階で馬をみていつ入厩できるかのジャッジを間違わない
ようにしなくてはいけません。私の厩舎では入厩したら2ヶ月以内でデビューさせてあげるよう
に考えています。それ以上時間をかけると馬にストレスが溜まってしまいますからね。だけど実
際には牧場と厩舎では運動量が違うから、入厩して1週間でバテてしまう馬もいるわけです。
馬が相手ですからそういうケースがあるのは仕方ないけど、だからといって毎回それではいつ
まで経っても競馬ができない。だから牧場にもこまめに足を運んでいいタイミングで入厩させら
れるように気をつけています。
――入厩した後はどうでしょうか?
高市 まず歩き方を教えるところからやらないと駄目ですよね。リードホースをつけてキチッと正
しく歩かせることが大切です。
――間違った歩き方をしていてそのまま調教を積めばどこかに歪みが出てくるわけですか?
高市 そういうことです。それからゲート試験のタイミングも大事ですね。イライラしている時にや
ればゲートを嫌うようになる。ナーバスな馬などはとくに気をつけていないといけません。
――失敗した例もありますか?
高市 練習の時は何の問題もなかったのに試験の時に急に嫌がられちゃった事がありました。
今、考えるとタイミングを間違えていたんでしょうね。もう少し早くしてあげるか、逆に遅いほうが
良かったのか。何れにしろその時は悪いタイミングで受けさせてしまったわけです。
――馬は喋ってくれないからそのあたりが難しいですね?
高市 それだけに扱う側がつねに気を配っていなければいけないわけです。馬が今、何をした
がっているのか? 何を欲しているのか? 何をされるとイヤなのか? どんな細かいことでも
分かってあげるためには、普段からどれだけその馬のことを知っているかが非常に大切なんじ
ゃないでしょうか?
――今後もますますのご活躍を期待しております。
高市 少しでも馬のことを分かってあげるために毎日が勉強の繰り返しです。今後も頑張ります
ので応援して下さい。
「馬中心」
この世界に携わる者、誰もが口にする言葉である。しかし、誰もが実際にそう行動できている
とは言いかねる。常時トレセンに出入りしていれば、そんなことはいとも容易に分かるのだ。そ
う、皆、頭では考えているが、いざとなると自分(人)優先になってしまうのではないだろうか。
それは場合によっては時間の問題であり、また時には手間の問題かもしれない。そんな中で
本当の意味でいかに馬を優先することができるか。それが競走成績に結びついていくのかもし
れない。今回の高市調教師のインタビューを終えて、そんなことをふと思った。それは高市厩舎
のスタッフが、藤澤和厩舎にも負けないくらい馬を中心において働いている姿をみさせられてい
るからかもしれない。そういう姿勢は何も専門家がトレセンでばかり目にする光景ではない。例
えば競馬場での馬の姿、パドックで馬をひく姿勢、レース直前や直後のスタッフの対応ぶり。こ
れらは注意していればファンの立場からでも十分に分かることなのだ。どうか読者の皆さんにも
それぞれの厩舎が競馬場でどのような姿勢をみせているか注目してほしい。そうすれば、今回
のインタビューで高市調教師が語ってくれたことが、単なる綺麗事 ではなく実際の行動の中か
ら生まれてきた逸話であることが分かっていただけるはずである。
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