いろいろな「しきたり」があるね

料理屋の店先に塩が盛られているのは?

これは、中国の故事に由来するもので、客の足を止めるための縁起かつぎです。
昔、中国の皇帝はたくさんの側室を囲っていました。
一人一人の側室たちに邸宅を与えて、皇帝は夜な夜な牛車に揺られて邸宅を訪れていたのです。
ところが次第に皇帝の足が遠のいてしまうような側室もでてきました。
そこで、その側室がなんとか皇帝を邸の前で立ち止まらせる方法がないかと考えた末、
皇帝がダメなら牛車の牛はどうだろうかと思い、牛の大好きな「塩」を門前に盛りました。
案の定、牛は大好きな塩を見つけて、そこから動こうとしませんでした。
皇帝はしかたなく、その邸に入っていったそうです。
ここから、客の足を止めて、たくさん入るように盛り塩をするようになったのです。

お色直しはいつからあるの?

お色直しというのは、本来、花嫁が何の色にも染まっていない白無垢の式服で式に
臨んだ後、婚家の家に染まり、その家の人間として家事労働に従うという意味で
普段着に着替える儀式であったといわれます。
江戸時代の元禄年間(1688〜1704)から行われるようになったそうで、
現在のようになったのは、19世紀初めの文化文政時代。
これは、舞台で一瞬のうちに衣装を替える歌舞伎の早替わりの影響からきているようです。

なぜ食べるとき「イタダキマス」というのか?

イタダキとは、頭のてっぺんのこと。
神に供えたものをみんなで分けあって食べる直会(なおらい:祭りの儀式が終わった後、
供物・酒のお下がりを参列者一同で分けて食べる宴会)のとき、神前から下げた供え
ものを頭のうえにいただいてから食べた。
神の賜わりものだから敬う形をとったわけです。
これが「イタダキマス」の語源でなのです。

吸いものを飲み終わったら、裏返しにふたをする人?

吸い物をいただき終わると、裏返しにふたをする人がいる。
本人にしてみれば終了のサインのつもりでしょうが、これは間違った作法である。
裏返しにふたをすると、取るときに苦労するし、椀やふたの塗りが傷つきやすい。
漆器を傷つけなうよう大切に扱うのが食事するものの心得である。

酒は左手で飲むのが男の作法?

男は左手に盃を持つのが正しいと教えている礼法書がある。だから飲ンベいのことを
左党とか左利きというのだと裏付けさえする。
男が左手に盃を持つようになるのは、浪人などの武士が居酒屋で独酌をするようになった
江戸時代からである。不意の敵に備えていつでも刀を抜けるよう、右手を空けておく
必要があったからだ。
酒を飲むとき、なにも素浪人のまねをしなくとも・・・・・。

すずみ さんから他説メールをいただきました。ありがとうございます!
いわく・・これは鉱山用語または炭鉱用語に端を発する。とのこと

鉱山では坑夫が右手に鎚(つち)を左手にノミを持ったことから転じて、
呑助や呑兵衛のことを、左手に持つノミと関連付けて左利きまたは左党と呼ぶようになったとのことです。

鬼が虎の皮のパンツをはいているわけは?

「鬼はなぜ、頭に牛の角を生やし、虎の牙をむきだし、虎の皮のパンツをはいているか」。
答えは、鬼が出入りするといわれる鬼門は丑虎の方角つまり牛と虎だからである。

電話の「もし、もし」は、誰が決めたの?

明治23年、電話が日本にはじめてできたとき、加藤木さんという方がアメリカへ研究に行った。
そのとき、ハローにかわる日本語がどうもわからない。そこで、「もし、もし」という言葉を
自分で考えて、これで行こうじゃないか、ということになったのが、今も続いているそうです。

Hayama さんからの他説メールです。
前にもし、もしは申す申す(もうす、もうす)が崩れたものと聞いたことがあります。

コーヒー・紅茶のカップに受け皿がつくのはなぜ?

スプーンをおくため・・・では、ありません。
18世紀頃のイギリスでは、紅茶を飲むときカップから受け皿にあけて、さましながら飲む習慣が
あったそうです。当時の受け皿は今よりもっと深いものを使用していたそうなのです。
フランスでも、このような習慣があったようですが、この飲み方はちょっと無作法だったようで
労働者階級のやりかたと非難されていたのです。
さすがにこの飲み方の習慣は無くなったのですが、受け皿だけが残ってしまったようですね。