アーサー・ワーキントン・ピンクは、1886年4月1日、英国ノッティンガムの敬虔なクリスチャン夫婦の間に生まれた。

父トーマス・ピンクは、とうもろこし売買人で非常に忙しい人だったが、敬虔な人だったようで、毎日家庭礼拝を導き、主の日を敬い、神のことばを聞かせに家族を教会に連れて行った。午後は家でジョン・フォックスの「殉教者行伝」やバンヤンの「天路歴程」などを読んでくれたとのことである。母はよく子どもたちと祈った。

そんな両親のもとで育ったが、青年時代は、「神智学」というカルトに傾倒し、指導者層に位置づけられるほどになった。しかし、ある日、父の語った「人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。」(箴言 14:12)の聖書のことばをきっかけに回心。アーサーが22歳(1908年)の時である。

1910年、シカゴのムーディー聖書学院で学ぶために渡米。コロラド、カリフォルニア、ケンタッキー、サウスキャロイナの教会を牧会した後、牧会から身を引き、後半は聖書教師となり、著作活動や聖書セミナーの主催に専念。1922年から厳密な聖書の解説を意図した「聖書の学び(Studies in the Scriptures)」という月刊誌の発行を開始し、1952年にスコットランドで死ぬまで継続した。

キリスト教会が神学面、霊性面において嘆かわしく沈滞した20世紀の前半に、ひとりペンをもって立ち上がり、数々の的をついた著作活動を通して教会の退廃と戦った。彼は当時の(現代にも通ずる)キリスト教界の問題点をするどく見抜き、同時に聖書の正しい教えを示した。特に恵みの教理(カルヴィン主義神学)の解説と適用に力を入れている。彼の著書「神の主権」は有名。彼の著書は、神を畏敬する思いへと私たちを導き、救いの性質、その確かさ、その恵み深さを明確に示してくれる。そして聖書から少しでもはずれたキリスト教に大胆に挑戦しているのである。彼は20世紀に生きた「ピューリタンの生き残り」と言うこともできよう。

彼の数々の著書やトラクト、小冊子のほとんどは、入手可能である。
邦訳としては、「十戒」(いのちのことば社;絶版)、「聖書から受ける益」(聖書真理刊行)がある。